9783-9786: フローニンゲンからの便り 2023年1月21日(土)
- yoheikatowwp
- 2023年1月24日
- 読了時間: 9分

No.4414 精霊の踊り_A Dance of Spirit
本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)
No.2139, A Morning Gift
A morning gift comes from heaven every day.
Most people don’t recognize it.
But knowing and receiving it are the key to happiness.
Groningen; 09:47, 1/21/2023
No.2140, Realism
Everything does not exist independently and permanently.
Everything exists in an interdependent and transient way.
Groningen; 14:19, 1/21/2023
No.2141, An Evening Little Bird
An evening little bird is twittering for tomorrow.
A new blissful world will come tomorrow.
Groningen; 18:57, 1/21/2023
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本日の2曲
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タイトル一覧
9783. 新たなリズムで
9784. 今朝方の夢
9785. ゼミナールのクラスを終えて
9786. 仏教と実在論
9783. 新たなリズムで
時刻は午前9時に近づいている。ここ最近は寒さが厳しくなってきたが、その一方で天気が良い日が増えてきているのは嬉しい限りだ。そう言えば、12月や1月はあまり天気の良くない時期であることを思い出し、今その時期を抜け出したのではないかと思う。雨や曇りの多い日が続くことは人生における苦境が続くことに似ている。また、晴れの日がやって来ることは苦境からの脱却に似ている。天気はまるで人生のようである。そう考えると、世界は自分の内面世界の写し鏡のようなものなのかもしれないと思う。
今日は午前10時から、第13回目のオンラインゼミナールのクラスがある。今日は前回に引き続き、日本的資本主義を扱う。今日のクラスでどのようなやり取りがなされるかがいつものように楽しみである。きっと多いに発見と気づきに満ちたクラスに今日もなるだろう。毎回のクラスがそうなのだから、今日も例外なくそうなるはずだと期待する自分がいる。日本的資本主義を扱った後は、世界の宗教について理解を深める予定になっている。昨日から課題図書を再度音読し始め、それに合わせて音声ファイルを作成し始めた。昨夜の段階で第3章までの音声ファイルを作成したので、今日も引き続き音声ファイルを作成していこうと思う。ただし今日はゼミナールのクラスがあるので、その振り返りの音声ファイルを作成することを優先させたい。それが済めば課題図書の読解い力を入れていき、音声ファイルを精力的に作っていきたい。明日と明後日もそれに取り掛かれば、明後日頃には全7回分の音声ファイルを作り終えているのではないかと思う。
筋力トレーニングを終えた翌日の金曜日は、16時間ファスティングに留め、正午に果物とプロテインを摂って栄養を補給した。トレーニング後2日目の今日は24時間ファスティングをしようと思う。自分の体調を見ながらうまくファスティングが進行している。16時間ファスティングは毎日の習慣となり、24時間ファスティングは生活の中にうまく組み込めるようになってきている。それが新しいリズムを作っているように思える。既存の生活リズムに対して新たな実践を取り入れることによって、それが1つ次元の高いリズムを作っているかのようなのだ。自分にとって望ましいリズムを刻みながら人生が進行していくことを喜ぼう。 フローニンゲン:2023/1/21(土)09:03
9784. 今朝方の夢
白い雲に朝日が当たり、朝空が美しく輝いている。今日は快晴のようであり、朝からとても気分がいい。今の気温はマイナス2度だが、今朝方は不思議と寒さがそれほどでもなく、今朝は湯たんぽを使っていない。とは言え後ほど動的ストレッチをしたら湯たんぽにお湯を入れ、暖かい状態でゼミナールのクラスに臨もうと思う。
今朝方は2つほど夢を見ていた。夢の中で私は、中学校時代のバスケ部のメンバーである友人(KM)と一緒にバスケの秘密の特訓をする約束をしていた。顧問の先生も私たちの特訓に付き合ってくれるようであり、今から体育館に行って特訓をする予定だった。彼と一緒に自転車で体育館に向かっていると、美味しそうな食堂が見えた。そう言えばその日はまだ何も食べていないことに気づき、特訓の前に何か腹ごしらえをしておこうと思った。ただし、特訓の強度がどれくらいかわからなかったので、あまりたくさん食べてはダメだろうと思った。彼はどうやら自宅でご飯を食べてきたようだったので、彼は食堂には立ち寄らず、先に体育館に行くと述べた。なので私たちはそこで別れ、私は食堂に入って、何を食べようかと考え始めた。ボリューム的におにぎりセットがいいだろうかと思ったので、それを注文することにした。特訓が始まる時間がもう迫ってきていたので、おにぎりを食べならが体育館に向かおうか迷ったが、自転車で来ていたこともあったので、サッと食堂の中で食べることにした。食堂の店主にお金を渡すと、端数のあるとても細かな値段だったので財布から小銭を取り出すのが大変だった。無事におにぎりを購入した後、それを早速食べようと思ったが、そう言えば折り畳み傘が壊れていることに気づいたので、新しく折り畳み傘を購入することにした。偶然にもその食堂で折り畳み傘が販売されていたので、色々と吟味した結果、オレンジ色をベースにして和的な模様が入っている折り畳み傘を購入することにした。食堂を後にして外に出ると、そこに部活の先輩がいた。その先輩がある女性歌手のアルバムCDを持っていて、それは膨大な曲を収めたもので、CDの枚数も相当な数になっていた。その先輩は親切にも私にそのアルバムを貸してくれると述べ、私は最初こそ喜んでそれを受け取ったものの、持って帰るのも大変だし、また先輩に返すのも面倒だと思った。とは言え先輩の厚意を無碍にするわけにはいかず、CDを受け取って、なるべく早く返そうと思った。そのような夢を見ていた。
次に見ていた夢は断片的であるが、小中高時代の数人の友人たちと就活イベントに参加しているものだった。有名企業が私たちの学校に来ていて、私たちは高校生で、企業が来てくれるのは高校だったことが不思議である。普通は大学生向けに大学にやって来るのならわかるが、有名企業が高校生のためにわざわざ高校にやって来ることは普通ではあり得ないことだった。ちょうどある財閥系企業が昨日説明会をするためにうちの高校に来たらしく、私はそれを知らず、参加する機会を逃した。すると友人たちは自分がそうした機会を逃すのは珍しいと述べ、説明会に参加した友人がどのような説明会だったかを説明してくれた。正直なところ自分は、友人たちが思っているほど就活に積極的ではなかった。というのも私はすでに自分のビジネスでうまくいっていたし、投資にも成功していたので、会社で働く必要など全くなかったのである。しかし友人たちには自分のビジネスの話や投資の話は一切せず、それを隠したままで高校生活を送っていた。そのような夢の場面があった。フローニンゲン:2023/1/21(土)09:18
9785. ゼミナールのクラスを終えて
時刻は正午を迎えた。早朝に見えていた白い雲は消え、今は快晴の空が広がっている。こんなに天気が良いので、午後にでも散歩がてら近所のスーパーに行ってこようと思う。
先ほど、オンラインゼミナールの今日のクラスを終えた。今日のクラスでも多岐にわたるトピックについて対話をしたのだが、改めて現代の資本主義的な社会の中で排除されてしまっているものに目を向けていくことの大切さを実感した。それは社会的なシャドーワークをするようなイメージだろうか。この社会においては、制度や文化そのものから切り離されてしまっているヒト·モノ·コトがある。今日のクラスの中では、これまでの自分が気づけていなかったような事柄に関する話題が出てきて、大変興味深く話を聞いていた。それ以外に印象に残っている話は、まさにここ最近考えていた死生観に関するものである。端的には、現代日本人は死というものをどのように捉えているのだろうか?という話題になった時、この話題は引き続き調査と考察を深めていきたいものだと改めて感じた次第である。ちょうど昨日には、終末医療に関する邦画を見ていて、改めて現代における死の意味や現代人の捉え方について考えていたところだった。この話題に紐づく形で、現代の日本人が共有している価値観や文化にはどのようなものがあるのか?という話題も興味深かった。現代は、メディアと教育の影響で、各世代ごとの共有の価値観というものが見出しにくくなっているような分断の時代であり、それはある意味資本主義陣営のプレイヤーによる働きかけによって実現されてしまっている節もあり、この問題についても関与の道を見出していく必要があると思わされた。それでは今からそれら以外の論点を含めて、振り返りの音声ファイルを作成しようと思い。フローニンゲン:2023/1/21(土)12:19
9786. 仏教と実在論
時刻は午後4時を迎えようとしている。今、穏やかな夕日がフローニンゲンの街に降り注いでいる。先ほど買い物に出かけたのだが、買い物までの道中に穏やかな日の光を浴びることができて、何か癒されたような気持ちになった。太陽は自分にとって大切な存在であり、北欧にほど近いこの地にの冬においては、太陽の光を浴びれることは本当に貴重なことである。それを身に染みて感じた。道中に横切ったノーダープラントソン公園の池は凍っていた。氷の上にカモメが止まっている光景を眺めていた。12月にも池が凍ることがあったが、再びその光景を目撃することができ、気温の低さを実感した。確かに突き刺すような寒さだったが、やはり穏やかな日の光を浴びれたことが一番印象に残っていて、太陽の光には本当に感謝している。ここからもまだまだ厳しい寒さが続くだろうが、太陽を拝む機会は増えそうなのでそれは嬉しいことである。
今日の午前中のオンラインゼミナールのクラスを終えて、引き続き今後のクラスの事前学習教材のコンテンツ作りをしていた。具体的には、課題図書の中で仏教を取り上げた章について解説の音声ファイルを作っていた。批判的実在論や思弁的実在論といった現代の先端的な実在論を学んだ後に仏教の思想に触れると、これまで気づかなかったような新しい発見がたくさんある。また、空の思想、演技の思想、唯識の思想など、仏教を形作る有名どころの思想についても、批判的実在論や思弁的実在論を学んだ後だとまた見え方も違うし、新たな発見がもたらされることが自分にとっての収穫であった。仏教は、固定化された実在の存在を否定する。仏教は純粋実在論を否定しながらも、空や縁起の思想を採用することを通じて、実在を頭ごなしに全否定しているわけではない。その思想の本質は、やはり批判的実在論の実在観と重なって来る。批判的実在論の講座の方でもすでに仏教との接続の話題が挙がっているが、今後レギュラーのクラスで仏教を扱う際に、そこでも批判的実在論や可能であれば思弁的実在論と絡めた形で対話をしたいものである。それでは夕食準備を始めるまでにまだ時間があるので、ここからはイスラム教について扱った章を読んでいく。夕食後に、この章に関しても音声ファイルを作成していこう。フローニンゲン:2023/1/21(土)16:05
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