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7351-7352: フローニンゲンからの便り 2021年9月23日(金)



No.2731 静かな幾何学模様_A Tranquil Geometric Pattern


本日の散文詩(prose poetry)& 自由詩(free verse)

No.924, Openness

Today is now open.

So am I.

I’m totally open to the world and everything.

I’m an open being.

Groningen; 08:30, 9/23/2021


No.925, Call & Response.

A poem calls another poem.

It’s a series of creative calls.

Creation is made by call and response.

Groningen; 21:03, 9/23/2021


下記のアートギャラリーより、本日のその他の作品(4つ:コメント付き)の閲覧·共有·ダウンロードをご自由に行っていただけます。

本日の3曲


全ての楽曲はこちらのMuseScore上で公開しています。

楽曲の一部はこちらのYoutubeチャンネルで公開しています。

タイトル一覧

7351. 今朝方の夢

7352. 成長と死/明け渡しの感覚


7351. 今朝方の夢


時刻は午前7時半を迎えた。今朝方はかなり冷えており、足元からグッと寒さが伝わってくる。そんな中、外の世界に耳を傾けると、小鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。彼らはこの肌寒さにあって元気のようだ。


昨日は、鈴木規夫さんとの発達理論マスターコースの対談レクチャーの最終回の収録を無事に終えた。全6回の動画撮影を終え、ここからはプログラムの告知の期間となり、11月よりコースが開講となる。今度は参加者の方々とのセッションが全6回あり、そこでどのようなやり取りが行われるのかがとても待ち遠しい。


昨日の夕方と夜にもまた音声ファイルを作成していた。今回は16個ほどの音声ファイルを作成し、今日ももう少しだけ音声ファイルを作成しようかと思う。基本的に話しておきたいことは昨日大抵話したのがだ、寝る前にそう言えばと思うことがあり、それについて補足しておきたいと思う。


それでは今朝方の夢を振り返り、今日もまた自分の取り組みを前に進めていこうと思う。夢の中で私は、見慣れない場所にいた。そこは欧州のどこかの国の郊外であり、長閑な山岳地帯であった。


山間の丘に自分の家があり、周りは牧場であった。とても優しげなそよ風が吹いていて、太陽の光も優しかった。ちょうど午後の昼寝の時間となり、外で太陽の光に当たりながらうとうとしかけていたところ、2匹の猫がやって来た。彼らはその家で自分が飼っている猫だ。


2匹の猫が私の近くにやってきて、1匹は私のお腹の上に乗って昼寝を始めた。猫の毛並みの柔らかさが伝わってきて、くすぐったいような心地良いような気分になっていた。


しばらくその状態で寝ていると、私は猫を起こさないようにして起き上がることにした。猫は依然として気持ち良さそうに寝たままであり、彼らの表情がともて微笑ましかった。


次の夢の場面では、私はどこか見慣れない教室にいて、試験を受けていた。それは中学校の定期テストのようだった。受けていたのは数学のテストなのだが、前半の数問が歴史の問題だった。


私は歴史の知識がかなり抜け落ちていて、回答に苦労した。1問目の解答は、おそらく「古墳」だろうと思った。次の問題の解答は、おそらく「聖徳太子」だろうとう思った。そのような形でどの問題もあまり自信がない形で回答していった。


最後の夢の場面では、私は近未来的な都市の廃墟集落にいた。そこは社会で虐げられた人たちが集まる場所のようだった。


私はそこで崩れかけの鉄柱に寄りかかり、物思いに耽っていた。すると、私の左横に、小中学校時代の友人(MS)の父が現れた。


実はその友人は小学校低学年の時に随分と仲が良く、家も近所であり、私がその土地に引越ししてすぐの頃には、よく一緒に学校に行っていた。しかし、彼はバイクの事故で若くしてこの世を去った。


私は彼のことを思い出しながら鉄柱に寄りかかって物思いに耽っていたのである。そんな彼の父が横に現れたので、ふと声をかけてみて、友人の話をした。


すると、友人の父は涙を浮かべ、今は亡き息子の話はしたくないといったような表情で、私にタバコの火を押し付けてきた。スポーツ用のズボンにタバコの火を押し付けられて、ズボンが少し溶けてしまった。


私は友人の父に、今こそ彼の死と向き合う時なのではないかと伝え、友人の父は少しハッとしたような表情を浮かべた。そこからは、少しずつではあるが、一緒に彼の思い出を話しながら、彼の死と向き合うことになった。フローニンゲン:2021/9/23(木)07:57


7352. 成長と死/明け渡しの感覚


時刻は午前11時を迎えた。11時半からオンラインミーティングが一件入っているので、この日記を執筆したらその準備をしよう。


昨日に引き続き、今朝方も発達理論マスターコースに関する音声ファイルを作成していた。鈴木規夫さんとの全6回の対談レクチャーを受けて、気がつかないうちに115個ほど音声ファイルを作成していて、時間としては20時間ぐらい1人語りをしていた計算になる。


今回は本当に鈴木さんから色々なものを引き出していただいたように思え、ここから実際のコースが始まれば、参加者の方々からまた色々な刺激をいただくことになり、そこでしか紐解かれないことが新たにたくさん生まれてくるであろうことが想像される。


今日のフローニンゲンは曇りであり、少し小雨が降る時間帯もあるようだ。いよいよ今週末にドイツ旅行が迫った。


今日は、近所のオーガニックスーパーのEkoplazaに夕方にでも足を運び、赤味噌と、今週末の旅行の際に持っていく食料を備えておこうと思う。ボンでの滞在先のホテルのすぐ近くにオーガニックスーパーがあるので、事前に購入すべきものは列車の中で食べるプロテイン豊富なクラッカーぐらいだろうか。それと明日から出発の日曜日の朝までに食べるリンゴを数個補給しておこう。


今日はちょっと書物から離れ、ここからの時間はゲームの創作に時間を充てたいと思う。なんとか来月の初旬には処女作を公開できればと思う。


それに向けたコンテンツの拡充とバグの修正をしておく必要がある。さらには少し欲張って、もう少し盛り込みたい機能があるので、その実装方法について調べ、それを今日試してみようと思う。作りたいものが先にあって、それを調べ、そして実装に向けて手を動かすことがそれを習得する最善の道である。


昨日、さらに成長を遂げていくということが死に向かっていくことを意味するという側面を多くの人は見落としているのではないだろうか、ということについて考えていた。


成長は時間の産物であり、本来成長とは時間をかけて実現されていくのであるが、それは死に向かっていくことでもある点も見落としてはならない。成長に関する楽観主義、そして成長至上主義は、この重要な点を見過ごしている。あるいは、それを見たくないという認識上の歪みなどもあるのだろう。


今後の探究領域の中に、死生学(thanatology)や老年学(gerontology)がある。神学の探究を進めていった後はそれらの領域の探究に向かうかもしれない自分の姿がおぼろげながら見えてくる。あるいは、今からそれらの領域を少しずつ探究をし始めていいのかもしれない。


探究に関しても完全なる明け渡し状態が続く。探究をしているのは、そしてしようと思っているのは自分ではなく、自分を超えた何者かであるという明瞭な意識。それがある。


自分が何をどのタイミングで探究するかはその存在の音頭に委ねられている。それでいいのだという気持ちもまた、清々しい明け渡し状態から生まれる感覚である。フローニンゲン:2021/9/23(木)11:23

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