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3511. 手紙


時刻は夜九時を迎えた。今日の活動はここでおしまいにしようと思う。

つい今しがた、明日の午前中に行われるオンラインミーティングに向けた資料のレビューを終えた。現在協働開発中のプログラムが徐々に形になりつつあることを嬉しく思う。

合計で三つの資料をレビューし、文言に関して細かな気づきがあったので、それらをメモしておいた。これにて本日の活動を終え、早朝の日記で書き留めていたように、ここからは少々リラックスしようと思う。

闇夜が訪れるのが早くなり、それに応じて、静かな世界が広がる時間が多くなっているように思う。今も闇と静寂さが辺りに広がっている。

今日は昼食後の勉強会と明日のミーティングの準備を除き、それ以外の時間は作曲理論の学習と作曲実践を行っていた。今日は計画通り、ハーモニックマイナーについてのまとめノートを取り終えた。

明日はメロディーに関する学習をしていく。ここからテキストの山場として転調と調性を脱却した曲作りに関するテーマがある。それら二つの項目をまとめていくことは分量があるが、それらを学ぶことはとても楽しみである。

それらの項目に関するまとめノートを作ったら、テキストのまとめはほぼ完成したと言っても過言ではない。一旦まとめノートが完成したら、ノートを何度も読み返していく。

その際には、MIDIキーボードを用いて実際に音を出していくことも忘れずに行う。身体を通じた学習を心がけ、知識項目の理解を身体感覚にまで浸み込ませていく。

こうした学習を何度も何度も繰り返すことによって初めて、知識が実践に足りうるものになっていく。知識を意識せずとも活用できる段階になれば、知識が真に身に付いたと言えるだろう。

今日は夕方にふと、このようにして日々探究活動と創造活動に打ち込めていることに感謝の念を持った。そのような環境に身を置いていることの有り難さ。

日々をそのようにして生きていける幸運に感謝の念を捧げた。私はこれからも喜んで探究活動と創造活動に励んでいくだろう。

探究と創造に打ち込む恵まれた環境が授けられているのであるから、その役割を率先して引き受けていく。その過程で学んだことを絶えず社会に還元していく。

人生においてもっとも無駄なことは、カネと知識を蓄えたまま死ぬことである。それらは社会に還元されて初めて意味を持つ。

今日も日記を綴り、日記のような曲をいくつか作った。表面上そのように見えないかもしれないが、毎日生み出す日記も曲も、この世界のどこか遠くにいる誰かに向けた手紙のようだ。

明日私は何をするのだろうか?文章を書いて、曲を作るだろう。

明後日は何をするのだろうか?文章を書いて、曲を作るだろう。

文章を書いて、曲を作った後に何をするのだろうか?また文章を書いて、曲を作る。

その後に飯を食べたら何をするのだろうか?文章を書いて、曲を作る。

その後に風呂に入ったら何をするのだろうか?文章を書いて、曲を作る。

そこで疲れが出たら何をするのだろうか?文章を書いて、曲を作ってから寝る。

寝て起き後に何をするのだろうか?文章を書いて、曲を作る。

そのようにして人生が過ぎ、人生が終わりを迎えたら何をするのだろうか?代わりの誰かが文章を書いて、曲を作る。

この人生における毎日が、この世界の誰かとのつながりの中で、絶えずお互いの人生を深めていくことにつながっていると思いたい。そのためには、読み手の不明な手紙を膨大な量書き続けていく必要がある。

この人生において自分にできることは、手紙を書くことしかなくなった。それを人生の最後までやり通すことができれば、この人生には意味があったと思えるかもしれない。フローニンゲン:2018/12/11(火)21:16

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

過去の曲の楽譜と音源の保存先はこちらより(MuseScore)

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