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3471. 「理解すること」の語源より


早いもので、日曜日も昼食どきを迎えた。午前中から小雨が降り始め、今も微細な雨が降っている。それが窓ガラスに付着している様子を見ることができる。

今日も早朝から、作曲理論の学習を進めていた。ようやく、コード進行に関する章を再読し終えた。

まとめノートを作りながら、確実に一つ一つの項目を理解しながら読み進めているので、いくら時間がかかっても問題ない。着実に学習が進み、作曲理論に対する理解が着実に深まっているのを実感する。

今、「理解」という言葉を用いたが、その日本語に対応する最も一般的に使われる英単語としては“understand”という単語を挙げることができるだろう。その語源を調べてみたところ、それはラテン語の“intelligere”を語源に持ち、「間を結ぶ」という意味があることを知った。

何かを理解するということは、間をつなげていく、ないしは埋めていくことなのだということを知る。

作曲理論の一つ一つの項目を理解していくことによって、自分の中の音楽空間が徐々に密なものになっていくように感じているのは、もしかすると語源通りの現象が感覚的にも起こっているからなのかもしれない。

午前中の学習を振り返ると、日々の作曲実践の中で自分が無意識的に行っていたことが、ことごとく理論で説明できることに驚く。

早朝の習慣として、バッハのコラールを参考にして作曲をしているのだが、その際には小節の冒頭(強拍)ではなく、それ以外の弱拍の部分で曲を終えることが多い。それは「女性終止」と呼ばれるものだということを本日学んだ。

テキストを読み進めると、ベートーヴェンは男性的リズムを好み、ドビュッシーは女性的リズムを好んでいたことが書かれていた。今後は、そうした観点を持って彼らの曲を眺めてみようと思う。

午後からも引き続き作曲理論の学習をしていく。午後からは、続きの章として、「コードスケール」を読み進めていく。

理論の学習をしばらく進めていったところで、休憩がてら、今日は久しぶりに、ベートーヴェンに範を求めて作曲をしてみようと思う。ここのところは、ベートーヴェンのみならず、バルトークからも離れており、彼の『ミクロコスモス』に収められている短い曲は、今学んでいる理論項目を適用するのにうってつけかもしれないと思った。近々、バルトークの『ミクロコスモス』にも再度範を求めようと思う。

先ほどふと、音楽とトランスパーソナル心理学を組み合わせた研究を近い将来に始めたいと思った。それは今すぐにではなくてもいい。

むしろ、もう少し諸々のことが深まり、諸々のことが落ち着いてから始めるような研究テーマである。具体的にどのようなことを研究していくかは今のところ未知である。

だが、そうした二つの異なる領域を架橋するような研究にふと関心が向かったことをここに書き留めておく。これから昼食を摂り、メールの返信などを済ませてから仮眠をし、午後からも作曲理論の学習に励んでいきたい。フローニンゲン:2018/12/2(日)12:09

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

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