たった今夕食を摂り終え、これから就寝までの取り組みに従事する。具体的には、ハイドンの変奏曲に範を求めて作曲を行う。
一日の最初と最後に作曲実践を行うことは、自分にとって最良のリズムを生み出しているかのようだ。一日の最初に作曲をすることによって、その日一日のリズムを生み出すことができ、一日の最後に作曲をすることによって、明日に繋がっていくリズムを生み出すことができているように思う。
こうしたことを日々行っているために、毎日が連続した一つの大きな流れのように感じられるのだろうし、時間が常にそこに佇んでいる大海のように感じられるのだろう。
夕食を摂りながら、日々の活動を通じて考えたことや感じたこと、読書などを通じて得られた知見を日記として形にしておくことは、具体的な実践活動に他ならないのだと思った。確かに、得られた知見を通じて協働プロジェクトに従事することや書籍を執筆することはより直接的な実践活動なのかもしれないが、私にとっては日記の執筆も極めて重要な実践活動である。
作曲実践も含め、それらは形を残していくという点において極めて具体的な実践活動なのだと思う。書かれた日記や作られた曲は形としてこの世に残り続けていく。こうした具体的な実践活動の意義について先ほど改めて考えていた。
昨日の読書の過程の中で、フロイトの成し遂げた仕事について改めて感銘を受けていたことを思い出す。現代の発達研究において、とりわけ人間の動的な発達過程を明らかにするためにダイナミックシステム理論を活用する学派は、多くの時系列データを長期間集め、そうしたデータをもとに発達プロセスを理解していく必要性を説いている。
この二年間に私が行った研究も、そうした時系列データを集め、それを非線形ダイナミクスの手法を通じて分析していくことだった。しかし、能率と効率性を求めることに傾きがちな現代の科学コミュニティの中で、長期間にわたって人間発達に関する時系列データを収集していくことは難しい。
それとは対照的に、フロイトは数年を超える長大な時間をかけて一人一人のクライアントと向き合い、細かな観察を行い続けた。確かにフロイトは定量的な分析などは用いていないが、膨大な時系列データを細かな観察を通じて定性的に分析をし続けた結果として、精神分析という大きなシステムを構築した。
フロイトの理論には限界や盲点があることは確かだが、それでもフロイトが行ったことは現代では行い難いものであり、長大な時間をかけて構築した一つの理論体系には貴重な価値があることは確かだと思う。科学研究において、フロイトと同じように長大な時間をかけてデータを集め、それを精緻に分析していくことに今の私は関心を持っていないが、おそらくそれと似たことを創造活動において実現していきたいと思う。
長く継続して続けていくこと。その過程において、絶えず形を残していくこと。その大切さを改めて実感する。フローニンゲン:2018/10/30(火)19:55