時刻は午後の五時を迎えた。今日は終日曇り空であったが、夕方には遠くの空に太陽の光を少しばかり見つけることができた。今は再び雨雲のような灰色の雲が空全体を覆っている。
幸いにも明日は晴れのようであるから、街の中心部に買い物に出かけ、その帰りに大学に立ち寄って論文を印刷しようと思う。
昨日に引き続き、今日も旺盛な読書を行っていた。読んでは書き、書いては読みという毎日を繰り返していると、自然と自分の脳が以前とは異なった働きをし始めているように感じる。発達理論の観点から言えば、知性の位相が変異し始めているのかもしれない。
本日の読書のメインはシュタイナーの思想であり、音楽理論に関する書籍と色彩理論に関する書籍の二冊の再読を終えた。絶えず私たちの内側には音のリズムが流れており、それは物理的・精神的な次元の双方に見て取ることができる。
また、思考と光は同一のものであるというシュタイナーの発想についてこれから考えていきたいと思う。私たちの思考は光であり、同時に音でもあるのだろう。音と光に対する関心が高まる。
色彩理論に関する書籍も得ることが多く、当然ながら疑問を挟むような理論的説明もいくつかあったが、それらを一旦保留にして、色彩を意識した作曲実践を行う際に有益な発想を中心に学んでいった。本書に関しては、また近々再読を行うだろう。
今日の理論的な読書はここで終わりにし、明日は社会学に関する書籍を読んでいこうと思う。具体的には、半年ほど前に購入した“The Sociology of Georg Simmel (1950)”を読み進めていく。
本書を読む目的は明確であり、それは何かというと、芸術教育の価値を社会学的な観点から探究していくことである。著者のジンメルは、直接的には芸術教育の価値について述べてはいないであろうから、あくまでもジンメルの社会学的な発想の枠組みを理解し、それを自分が芸術教育の価値の変遷を考えていく際の参考にしていく。
夕食後に時間があれば、ルーミーの詩集の続きを読んだり、作曲理論に関する書籍を読んだりするなど、理論的な書籍とは異なる思考と感覚を活用する書物を読んでいくことにする。
夕食後には本日三度目の作曲実践を行う。その時にはハイドンを参考にする。
今朝改めて、バッハ、テレマン、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンを参考にすることを優先しようと思った。彼ら以降の作曲家にも時折半を求めることはあるが、基本的には上記の作曲家を参考にし、その後に彼ら以降の作曲家を参考にしていく。
これはつまり、音楽史を辿りながら作曲実践をしていくことを意味するということに今朝方気づいた。音楽史の流れに沿って作曲実践をし、過去の偉大な作曲家の叡智を歴史の変遷に合わせて汲み取っていく。フローニンゲン:2018/10/30(火)17:30