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2421. 【中欧旅行記】ショパン博物館を訪れて


たった今、ショパン博物館を訪れてきた。開館に合わせて11時前にホテルを出発し、ほぼ開館の時間に到着した。

今朝ワルシャワの街の中を歩いている最中、昨日の感覚とはまた少し違うものを感じていた。今日が土曜日であるからだろうか、昨日よりも少しばかり陽気な雰囲気が街の中に滲み出しているように思えた。

ワルシャワはポーランドの首都であり、おそらく人口密度もポーランドの中では一番高いと思われるが、これまで訪れた各国の首都よりも道行く人の数が少ないように思える。そんなことをぼんやりと考えていると、すぐにショパン博物館に到着した。

博物館の外観は落ち着いていたが、併設されているカフェはお洒落な雰囲気を放っていた。早速一階の受付でチケットを購入した。

日本円に換算すると500円強だろうか。思っていた以上に価格が低く、この国の物価の水準がやはり低いのか、博物館の規模が小さいのかのどちらかと思ったが、館内に入ってすぐに気づいたのは、単純に物価が安いということだった。

というのも、館内は想像以上に見るべき箇所が多かったからだ。この博物館は地下一階から二階まで、0階を含めると、合計で四つほどの階から成る——実際には地下二階まであるのだが、今日はその階では何も展示がされておらず、閉まっていた。

私は案内係りの人に順路を尋ね、地下一階から順番に見て回ることにした。地下一階から順番に回っていくとすぐに気づいたのは、この博物館がとても教育的な配慮をしていることである。

資料の展示の仕方、そして最新テクノロジーを用いた各種の機器によって、ショパンの一生涯に渡る音楽家としての人生が多面的にわかるような工夫がしてあった。特に館内のテクノロジーに対して私の関心が向かっていた。

というのも、フローニンゲン大学の二年目に特に探究を深めていたのは、オンラインラーニングであり、論文アドバイザーのミヒャエル・ツショル教授からヴァーチャルリアリティでの学習などについて学びを得ていたことも、この博物館の教育テクノロジーに私が注目した理由である。

特に地下一階には子供も楽しめる教育テクノロジーがあり、実際に親子連れの人たちも多かった。ちょうど偶然ながら、地下一階で幼児向けの音楽教室が行われているところに立ち会い、小さな子供たちがショパンのピアノ曲のリズムに合わせて体を動かしている微笑ましい場面に遭遇した。

なるほど、音楽教育というのもまずは身体感覚を養うことが何よりも大切なのだということを改めて思った。音楽教育にせよ、他の教育領域にせよ、発達の基礎は身体にあるのだ。

今の私の関心が音楽教育に強く傾いており、音楽・言語・身体というのは密接なつながりがあるように思えてくる。このあたりは今後とも探究を深めていきたい。

音楽家の博物館をこれまでいくつも訪れてきたが、いつも私はその音楽家の手書きの楽譜や手紙に強く関心を引かれる。今日も、ショパンが手書きで残した手紙と楽譜に釘付けになっていた。

ショパンの手紙の文字は極めて小さく、ショパンがどこか几帳面で神経質なパーソナリティを持っていたのではないかと密かに思わせる。ショパンに関する資料で驚いたのは、ショパンがメンデルスゾーンと同じように、絵画の才能もあったということだ。

これは今回ショパン博物館を訪れるまで知らなかったことである。ショパンが小さい頃から描いてきたスケッチがいくつか展示されており、それらを見ると、作曲と絵画の双方の才能があったことが伺える。

ここでも、音楽的な才能と絵画的な才能はどこか相通じるものがあるのかもしれないと考えさせられた。それらの領域を仮に一つに括ると「芸術領域」と分類され、その領域にはどこか共通する美的感覚と共通する知性の働かせ方があるのかもしれない。

細かな気づきを挙げていくと切りがないため、それらは今後折を見てここに書き留めておきたい。ただ、最後に一つだけ忘れずに書き留めておくと、ショパンも音楽的な才能を開花させていく際に、モーツァルトと同様に旅を数多く行っていたことが分かった。

もちろんほとんど旅をしなかった著名な作曲家がいたことを記憶しているが、それが誰だったかは覚えていない。いずれにせよ、ショパンは旅を通じて音楽的な感性を養い、作曲のインスピレーションを旅から得たようである。

ショパン博物館で数時間過ごした後、名残惜しさを残しながらも博物館を静かに後にした。ワルシャワ:2018/4/14(土)14:18

過去の曲の音源の保存先はこちらより(Youtube)

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