十日目のインターンから一夜が明けた。昨夜は思考が少しばかり興奮状態にあり、就寝前は床の中であれこれと色々なことを考えていた。
そこから一夜が明け、今朝は六時に起床した。一日の活動を開始した六時半において、辺りはまだダークブルーの闇に包まれている。
明るくなってくるのはこれからのようだ。昨夜から雨が降っており、今日も午前中と夜に雨が降るようだ。
ただし、今日の気温はひときわ高く、最高気温は16度に達する。明日からはまた10度前後の最高気温になるようだが、気温も少しずつ春に向かっている。
昨夜の就寝前に考えていたのは、来季からの協働プロジェクトについてであった。すでに実際に契約をしているもの、まだ契約に至っていないものを合わせると、相当数の数に及ぶプロジェクトに関与させていただくことになりそうだ。
今お話をいただいているものに集中することが重要であり、これ以上プロジェクトの数を増やすことはできないように思われた。おそらく今は研究インターンで週に二日ほど終日身動きが取れない状況にあるために、そのようなことを思ったのかもしれない。
だが、来季からもまた新たな研究を始めることを考えると、協働プロジェクトの数についてはもう少し慎重に考える必要があるだろう。協働プロジェクトと学術研究の双方を納得のいく形で進めていくためには、ある種の選択と集中が必要なのかもしれないと思う。
今朝起床してみると、昨夜にあれこれと色々なことを考えていた割にはすっきりとした形で目覚めることができた。
再来週に研究インターンが終わるまでは、少し過密日程が続く。そのため、今日と明日の土日においても進められる仕事は前に進めておきたい。
具体的には、今日はゆったりとしながらも、それでいて現在取り掛かっている共著の原稿を読み返し、協働執筆者の方が作ってくれた企画書に目を通す。すでに原稿は全体を通して読んでおり、自分の執筆箇所の文章も数日前に書き上げている。
数日間文章を寝かせたため、もう一度自分が執筆した箇所に目を通そうと思う。企画書についてはこれから全体を読み、何かコメントをする必要があればそれを行う。
その後、六月にロンドンで開催される国際学習科学学会に参加するための費用の申請書を作成しようかと思っていた。すでに申請書自体は作成しているのだが、その他にも活動内容を説明する書類と担当教授の推薦状が一通いる。
後者に関しては、現在の研究アドバイザーかつ今回の論文の協働執筆者であるミヒャエル・ツショル教授に執筆していただくことが決まっている。どちらもワード一枚ほどで充分とのことなので、それほど多くの時間はかからないだろう。
ただし、こちらは提出期限まで随分と余裕があるため、来週の週末にそれらに取り掛かろうと思う。その代わりに今日は午後から、「デジタルラーニングと学習環境」のグループ課題の続きに取り掛かる。
先週にこのコースを担当するツショル教授から最初のドラフトに対して肯定的なフィードバックが返ってきたので、そのフィードバックを反映することと、続きのセクションに取り掛かっていきたい。
すでに今週の水曜日に協働者である友人のハーメンと執筆の分担を済ませているため、まずは自分の受け持つ部分の文章を書き進めていきたいと思う。デジタルラーニングの学習デザインに関する七つの原理それぞれを、対象とする学習コンテンツに当てはめながら分析することが今回のセクションの目的である。
これに関してもすでにどのような文章を書けばいいのかのイメージがあるため、二時間程度を見積もっておけば良さそうだ。今日もまた着実に仕事を前に進めていきたい。フローニンゲン:2018/3/10(土)06:51
No.854: Japanese and English
Today was a very wonderful day, though the temperature was a little bit low.
The sunshine was the apotheosis of beauty. I had no doubt about the expression.
After a class, I was walking around the center of Groningen.
I was suddenly caught by the notion of the roles of Japanese and English in my internal world.
I have no intention to write academic papers in Japanese, which should be done in English.
On the other hand, I already know that it is still difficult for me to fully articulate my inner phenomena by writing in English, even if my English writing continues to develop.
My English is superior to my Japanese in the domain of academic writing, whereas my English inferior to my Japanese in the domain of personal writing.
It may be wise to separate both languages in terms of the roles.
Another option would be that personal writing in English should focus on more transcendental phenomena that I’m disinclined to express in Japanese. Groningen, 17:25, Wednesday, 3/14/2018