朝は八時半頃にようやく明るくなり、夜は五時を過ぎるともう真っ暗になり始めた。今、この日記を綴っている私の目には、真っ暗闇の世界が見える。
昼食後の仮眠を通じて、一年の持つ重みについて考えを巡らせていた。その思考の流れは一旦落ち着いたが、再びそれに似た思考が動き始めている。
思考の残滓からの新たな思考の誕生。新たな思考によると、そういえば昨年の夏は、私はまだ日本にいたことを思い出した。
日本を出発したのが昨年の八月であったため、昨年の夏の半分はまだ日本で過ごしていたのだ。昨年の夏を人生の時間軸の中に置いてみると、それはそれほど遠くなく、むしろ近くにあると言えるだろう。
しかし私はどうも、昨年の夏というものが遥か遠くにあるような感覚がするのである。一年が持つ重み、それは時間を押し広げるかのような特性を持っているように思えて仕方ない。
一年はとても重いのだが、一年前がこれほどまでに遠くに感じるのは何故なのだろうか。 欧州での生活を始めて以降、自己を超出する体験に遭遇する頻度が増している。先日もそのような体験があった。
自己認識が自己認識をはみ出していくという奇妙な感覚なのだが、そうした奇妙さに対する免疫がすでに出来上がっている。一般的に、人間の発達は自己を超出していく過程として捉えられるため、私たちは日々自己を小さく超出するような経験を見えないところでしているはずである。
ところが、私が時折遭遇する自己超出体験は少しばかり特徴が異なる。小さく自己を超出する時、私たちは自己が自己を超出したことに気づかない。
なぜなら、超出した先の自己は既存の自己の延長に過ぎないからだ。しかし、私が述べている自己超出体験は、既存の自己を大きく超えていき、自己の外側に出る。
まさに、自己認識が自己を超えていき、認識主体の外側に出るのである。この体験を初めてしたのは、米国での生活を始めた最初の年であり、今から六年前のことになる。
自己をひとたび超出することによって、自己を超えていく通り道のようなものが自分の内側に作られたようだ。実際にそれ以降、自己が認識主体を超えていく体験をすることが多くなり、欧州での生活を始めて以降は、その体験機会が増すばかりである。 この体験についてはまだまだ未知なことが数多く残っている。認識主体を超出する瞬間には、言語機能が一時停止し、その体験から再び戻ってきたとしても、その体験を言葉で表現するのは極めて難しい。
それは言語を寄せ付けないような体験として、自分の内側に存在している。だが、そうした体験をするたびに、わかった範囲の事柄を言葉で書き留めるようにしている。
そうしたことを繰り返すことによって、徐々にその体験を言葉にすることが可能となり、その体験が持つ意味や特徴などが徐々に明らかになりつつある。 先ほど、時間という概念からその体験を捉え直してみると、少しばかり興味深い気づきが生まれた。自己超出体験は、認識主体を超えていくのみならず、時間をも超えていく。
自己が自己の外側に出る瞬間に、時間をも超え出ていくのである。時間を超え、再び時間が存在する世界に戻ってくると、私の時間感覚が以前のものとは異なったものになっていることに気づく。
一年の重みと一年の距離が伸びているように感じていることは、そのことと関係しているだろう。さらに興味深い発見事項として、時間を超え出ていく体験をするたびに、時間が働く世界に戻ってくると、内側の世界の時間が豊かになっている気がするのだ。
言い換えると、内面世界に内的時間が蓄積されていく感覚があるのだ。この感覚に忠実になってみると、時間とは流れ去っていくものではなく、本質的には、内面世界に蓄積していくものなのではないかという考えが芽生えてくる。
この考えを人間発達の原理と関連付けてさらに考えてみると、発達とは、内的時間感覚の蓄積であり、時間を含んで超えていくことに他ならないのではないかと思う。
どうやら時間にも階層性があり、私たちはそれを含んで超えていく過程の中で、内面世界の時間感覚をより豊かに、かつ深くしていくようなのだ。
内的世界の成熟とは、つまるところ、内的時間の成熟を意味するのではないかという気づきは、一つまた自分にとっては大きな意味を持つものだった。2017/12/6(水)18:02 No.517: White World and Colorful World
It is still snowing. The world becomes whiter and whiter.
I will finish writing a research proposal. After that, I will come back to music composition.
In contrast to the white world outside now, my inner world is getting more and more colorful by virtue of music composition. 17:30, Monday, 12/11/2017