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1717. 先生との思い出と科学者としての原体験


今日は午前中から仕事が随分とはかどり、夕方を迎える前に一度文章を書き留めておく余裕が生まれた。午前中に、「学習理論と教授法」のコースの課題論文を全て最初から読み返していた時、ふと小学校時代の恩師のことを思い出した。

振り返ってみると、義務教育課程の時に、私は良き先生に恵まれていたと思う。今でも全ての先生の名前を思い出すことができ、それぞれの先生に関する思い出を思い返すことができる。

午前中、ある論文を読み終え、ふと書斎の窓の外を眺めた時、小学校六年生の時の担任の先生の顔が思い浮かんだ。目を通していた論文が、ライティングとスキャフォールディングに関する内容だったからかもしれない。

私は、当時の担任の先生から受けた支援について思い返していたのである。昨年の冬、幼馴染の友人の子供が、私たちが卒業した小学校に通っており、その担任の先生が今もまだ同じ学校にいるという話を聞いた。

その友人の話では、先生は私が最初に執筆した書籍を読んでくださっていたようだった。そこで私は、今年の六月に出版した書籍をメッセージを添えて先生に贈呈することにした。今回の書籍を先生はどのように読んでくれたのだろうか。 夕方のフローニンゲンの空に浮かぶ雲は、どこかほのかで優しい黄色い光に照らされている。目の前に広がる空は、どこかあの時の思い出と繋がっているかのように映る。

私が通っていた小学校では、「ひとみ」という連絡帳に日記を書き、それを毎日先生に提出することが求められていた。私は日記を書くことを面倒だと思ったことはなく、短くてもいいので、毎日何かしらのことを書き留めていたように記憶している。

日記の主な内容は、友達と遊んだことや週末のサッカースクールのことなどであったように思う。フローニンゲンの空を眺めながら、私はなぜだか、ある秋の日の給食時間のことを思い出していた。

六年生の時の教室の窓からは、瀬戸内海を眺めることができる。先生の席は教室の窓際にあり、私は廊下側の前から二番目の席に座っていた。 給食の際に、一番前に座っていた友人と、隣に座っていた友人と席をひっつけ、給食を食べながら、放課後に行く予定の釣りの話をしていた。 すると先生が窓際の席に腰掛けたまま、「加藤君、昨日は釣れたかね?」と話しかけてきた。昨日も釣りに行っていたのだが、魚が釣れたかどうかについては一切日記の中で言及していなかった。

というのも、その日は全く釣れず、何も釣れなかった事実を書き留めることに対して気が引けてしまっていたからだ。釣りに行ったという事実だけを書き留め、すぐに次の話題について日記を書き留めていた。

一緒に給食を食べている友人を含め、そこから私たちは先生と釣りに関する話をしていた。当然ながら、先生が全ての生徒の日記に目を通していることを知っていたが、この会話を終えた後、先生が自分の日記を確かに読んでくれていることを嬉しく思った。

先生が毎日日記を読んでくれているという事実が、私の背中を支えてくれているような感覚があった。今思い返すと、これは目には見えない多大な支援であったように思う。

日記をもとにした先生とのやり取りが、あの日から20年も経って、なぜこれほどまでに鮮明な記憶として残っているのだろうか。 遠くの空が夕日に照らされ、その光の筋が自分のところにまっすぐ届いてくる。今見ている空は、見える限りにおいて最も遠い空だ。

だが、最も遠いはずの空が、最も近くに感じるのはなぜだろうか。遥か彼方の空の輝きが、とても近くの存在の輝きに思える。 六年生の時の担任の先生との思い出を挙げれば切りがないが、もう一つ鮮明に覚えている記憶が湧き上がってきた。それは、冬に近づいている時期に行っていた、理科の実験に関するものだ。

その学期の後半では、授業中に電池で動く車を作る課題が出されていた。先生から一方的に授業を聞くような形のものではなく、基本的に生徒一人一人が課題に取り組み、時に生徒同士で意見交換をしながら車を作っていく課題だった。

それは単純に車を組み立てていくのではなく、あえて電池の配列を変えてみた時に、どのような動きをするのかを観察し、その観察結果を書き、そこから何が言えるのかを考えてレポートにまとめていくような内容だった。

振り返ってみれば、私は義務教育課程においては、絶えず学ぶ喜びの中に浸ることのできる幸運を経験していたように思うが、六年生の時のその課題が、学ぶことの楽しさを最も伝えてくれたのではないかと思う。

教室を出て、廊下で試行錯誤をしながら、車を組み立て、実験結果とそこからの考察を夢中になってレポートに書いている自分がいた。自らの頭で物事を考え、それを自分の言葉で表現することの原体験はそこにあったのだと思い出す。

また、仮説を立て、それを検証する実験を行い、実験結果の考察と新たな仮説を立てるということの究極的な楽しさをその時に味わった。その時の体験は、まさに科学者として仕事をする今の自分の原体験だと言える。 一つの問いとじっくり向き合い、自分なりの言葉で回答をまとめ、その回答を、瀬戸内海を見晴らせる窓際に座っていた先生のところに持って行った時のあの高揚感は、今もまだこの瞬間の自分の中に生き生きと存在している。

その課題は、先生の方針からか、回答に対する正誤はほとんど重要ではなかった。一人一人の思考過程が大切だったようだ。

先生のところに回答を持って行き、そこで改めて自分の言葉で回答を説明することもあり、同時に先生からの質問に対して回答するようなこともあった。自分の書いたレポートをもとにした先生とのやり取りは、忘れることのできない思い出として自分の内側に残っている。

探究することの喜び、そして探究過程を誰かと共有し、誰かと共に探究を深めていくことの充実感と幸福感を体験させてくれたのが、先生だったように思う。 サマータイムの終了に伴い、これから再びあの過酷な冬がやってくる。だが、今日はとても暖かい。

風もなく、平穏な世界がそこに広がっている。書斎の窓から、ほのかな西日が差し込んでくる。

太陽のある場所。そこに当時の記憶があり、今の自分はそこにいる。

全ての終焉を迎える時まで、私は先生との思い出を覚えているだろう。2017/10/30(月)16:26

No.362: Femininity and Masculinity in Music I came up with an idea of music composition last night. It was about femininity and masculinity.

I regard the upper two voices as symbols and functions of femininity, whereas I see the lower two voices as masculinity.

I will experiment that one piece of music includes either one to make sure of how it sounds like.

Prior to integrating four voices, I have to understand the quality of each voice, in particular of the cluster of upper and lower voices. 09:27, Wednesday, 11/8/2017

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