今、ブレーメンに向かう高速バスの中にいる。早朝の7:15のフローニンゲン発のバスに乗り、ドイツ北西部の町リアーを経由してブレーメンに向かっている。
思い起こせば、昨年もこの時期に欧州旅行に出かけ、バスの運行会社は異なれど、リアーの町に向かったことを懐かしく思う。今乗っているバスは二階建てになっており、私は二階の真ん中の窓際の席に座っている。
座席数も多く、さらに乗車する人数もそれほど多くないため、各々が二人掛けの椅子を一人で使うことができ、車内には空席も目立つ。リアーに向かっている最中、昨年もこの道を通ったことがある、という確かな記憶が蘇ってきた。
しかし不思議なことに、昨年の印象とは異なる景色が外に広がっているように思われた。景色そのものは同じであっても、この一年間の内面の変化からか、景色に喚起される感覚が随分と異なるものになっていることに気づく。
昨年は初めて欧州で生活をすることもあってか、そしてオランダでの生活が初めてだということも手伝ってか、外の景色を観察者として好奇の目で眺め、景色が自分の心を強く動かしていたように思う。一方、それから一年経った今の私は、昨年のように大きく心が動かされるということはない。
かといってよそよそしいわけではなく、より落ち着いた気持ちで外側の景色を眺めていると言えるだろう。景色が自らの心象風景と合致し始め、異質なものが自己の内側に溶け込んでいるかのようなのだ。その瞬間、オランダという国がまた新たな故郷になったのだとわかった。 バスの車内から見える景色は、普段書斎の窓から眺めている景色よりも広大に見える。普段以上に心が広く大きくなっている姿を見るにつけ、潜在的にはいつもこのように心を大きく広くすることができるのだと改めて思う。
数多くのちぎれ雲が空を覆いながらも、雲間から太陽の光りがこの世界に降り注いでいる。延々と田園風景が続き、巨大な風車が音も立てずにせっせと回り続けている。
リアーの町に到着する前に、国境沿いにある警察署にバスが停車し、パスポート調査が始まった。昨年はこのようなことがなかったため、昨今のEUの社会情勢によるものかもしれないと思った。
恰幅のいい警察官が二階に上がってきて、乗客のパスポートを調査し始めた。特にEU圏外から来た者に対してあれこれ質問をし、私もその例外ではなかった。
パスポートと滞在許可カードを警察官に渡し、その警官はバスを一度降りてパスポートの綿密な検査を始めた。パスポートの確認よりも心配だったのは、バスの運行時間の中にこのパスポートコントロールの時間が含まれているのかどうかだった。
バスがブレーメンの駅に到着して15分ほどでハンブルグ行きの列車がやってくる。その列車の時刻に間に合うのかどうかだけが懸念事項だった。
乗客の誰も不法滞在をしておらず、ほどなくしてバスが出発した。見覚えのある景色を通り、リアーの町に到着した。
リアーで降りる乗客は一人もおらず、ここでも数名の乗客を乗せることになった。あと一時間ほどでブレーメンに到着する。2017/8/8(火)
No.53: Ground of Individual Consciousness to Collective Consciousness My hypothetical endeavor is to reach the ground of my individual consciousness. The bottom would be connected with collective consciousness.
How can I proceed the endeavor? It is to devote myself to work——academic writing, personal writing, and musical composition.
Enriching and cultivating my thoughts and feelings would be an only path to outreach the bottom of my individual consciousness. Wednesday, 8/16/2017