昨夜はまたしても印象的な夢を見た。夢の持続時間は長くはないのだが、その中身についてはっきりと覚えている。
夢の中で私は、米国の思想家ケン・ウィルバーが残した傑作 “Sex, Ecology, Spirituality: The Spirit of Evolution (1995)——邦訳『進化の構造』”が持つ二つの重要な点について独り言をつぶやいていた。おそらくこの夢は、昨日の顕在意識下での活動に大きな影響を受けているだろう。
というのも、今日はゆったりとした時間が取れるため、昨夜の就寝前に本書の第二部分を再読しようと思い立ち、本書を書見台に立てかけておいていたのである。確かに、SESは800ページを超す大著だが、本書の言語表現はさほど難解ではなく、むしろウィルバー自身が指摘するように、一つの大きな小説作品を読むかのごとく本書を読み進めることができる。
今日は一日をかけて、第二部から始まり、再び第一部に戻り、最後に注記をできるだけ丁寧に読みたいと思う。ウィルバーは2006年を境に執筆量が極端に低下したが、一昨年あたりから再び執筆を開始したようである。
昨夜は偶然ながら、ウィルバーの最新書 “The Religion of Tomorrow: A Vision for the Future of the Great Traditions——More Inclusive, More Comprehensive, More Complete (2017)”が五月に世に送り出されていることを知った。
RTと略字で呼ばれる本書もSESと並び、800ページを超す大著である。本書の目次を確認したところ、目新しい点といえば、意識の発達に関して、これまでウィルバーは第二層の意識構造——キーガンの発達モデルで言えば発達段階5から6——の説明までにとどめていたが、本作では第三層の意識構造——発達段階7から9——をかなり詳しく説明していることがわかった。
第三層の意識構造というのは、正直なところ、現代人が常識的な日常生活を送っていては到底到達できないものであるため、この段階の特性について余程の学術的関心がない限り、この部分の記述は多くの人とにとってはあまり有益ではないかもしれない。
また、第三層の意識構造に関する理論モデルの大部分は、インテグラル・ヨーガを創設したシュリー・オーロビンドの理論体系が元になっており、これは実証的なデータに基づいて構築されたものではなく、オーロビンド自身の経験と『バガヴァッド・ギーター』に着想を得て構築されたものであることには注意が必要である。
いや、実証的なデータに基づいて構築された理論が信頼に足り、一人の人間の経験から生み出された理論は信頼に足るものではない、ということを述べているわけではない。オーロビンドの理論やバガヴァッド・ギーターの記述は、多くの関係当事者の合意によって生み出され、そうした高度な段階に至る方法に関しては再現性が確保されたものであるがゆえに、実証的なデータを積み重ねる理論と何ら変わりのない信頼性を持っていると見ることもできる。
重要なことはむしろ、ウィルバーの意識の発達理論において、とりわけ第三層の意識構造と呼ばれるものは、霊性を司るものであることを知っておかなければならない点にあるだろう。言い換えると、第三層の意識構造を他の発達領域と混同してはならず、また、他の領域に還元してはならないのだ。
もう一つ本書で目新しい箇所といえば、本書を締めくくる最終章で取り上げられている “integral semiotics (統合的記号論)”と呼ばれるものだ。これは、これまでの作品にはない、全く新しい概念なのかもしれないし、これまでの作品の中に登場した考え方を一段高次元にまとめ上げた末に生み出された概念なのかもしれない。
いずれにせよ、一昨年から記号論に多大な貢献を果たしたチャールズ・パースの仕事や「教育記号論(edusemiotics)」を創始したインナ・セメツキーの仕事に関心を持っていたため、「統合的記号論」という言葉は非常に興味深い。
ウィルバーは70歳に近づいてきているが、この時期に彼が到達した記号論というものがどういったものなのかを知るために、この箇所は重要な役割を果たすであろう。私は、ウィルバーの仕事から多大な影響を受けてきたことは間違いなく、今回の書籍はいくつか自分にとって重要であろう箇所があるために、ぜひとも本書を読み進めたいと思う。2017/7/10