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969. 自己偽装と環境適応能力


早朝は曇り空であったが、しばらく仕事をすると小雨が降り出した。小雨を横目に仕事を進めていると、再び青空が戻ってきた。

書斎の窓から遠方を眺めると、南の方角に一筋の虹が見えた。少し前に虹を発見したのと同じ場所に虹が架かっていたことを不思議に思っていた。

そこは虹の通り道なのかもしれない。うっすらと姿を現した虹は、その瞬間の私の心情と合致していた。 私は再び先ほど考えていた、自己偽装と発達測定について考えを巡らせていた。これは自分にとってかなり興味深い論点だったのだろうか、一つのまとまった文章を書いておいたにもかかわらず、再びこの論点が気になり始めたのだ。

先ほどの文書を執筆してから、さらに二つほど関連論文を読み進めたことも相まって、この論点についてまた少しばかり書き留めておきたいと思う。やはり測定にまつわる自己偽装の論点は、私たち人間というダイナミックシステムが持つ環境適応能力と切っても切り離せない関係にあるだろう。

読み進めていた論文で扱われている測定手法は、性格類型テストのように、何らかの項目を選択していく類のものが想定されている。そのため、文章を記述し、記述内容のみならず記述された内容の構造を分析していく発達測定とは性質を異にすることに注意をしなければならないが、性格類型テストを受ける場において、そのテストが自分のどのような能力の種類を明らかにするものなのかを理解し、そのテストが自分に求めている事柄が何なのかを明確に掴み取る力というのは、環境適応能力と密接に関係しているだろう。

性格類型テストを受けるという環境において、その環境が何を自分に突きつけ、何を自分に要求しているのかを把握できなければ、より複雑な組織環境や社会環境が突きつけてくる課題を適切に掴むことなど不可能なように思われる。ある意味、性格類型テストという環境の性質を捉え、それが要求する課題が何なのかを深く捉える時、純粋にありのままの自己を開示する形でそのテストと向き合うことなどできないのではないだろうか。

そこにはやはり、自己の形を変えながら環境に適応していく能力が必須となるだろう。先ほど読んでいた論文の中で指摘があったように、その環境で何が要求されているのかを識別する能力は、実際にパフォーマンスを発揮する環境におけるその人物の能力と強い関係があるのだ。

高度なパフォーマンスを発揮する人物というのは、与えられた環境の特性を掴み、その環境に柔軟に適応する中で自分の能力を発揮していくという特徴を持つ。こうした特徴は、アセスメントという環境の場においては、アセスメントで要求される事柄に応じて自己を柔軟に変化させていくという形で現れることになるだろう。

極端な見方をすれば、アセスメントで要求されるものが何なのかを把握することができず、そこで自己を変化させることができない者が、複雑な環境に適応しながら高いパフォーマンスを発揮することなどできないように思えるのだ。

環境に適応する能力とパフォーマンスの関係については、今後も関心論点の一つとしておきたい。2017/4/22

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