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913.【ウィーン訪問記】シューベルト記念館とフロイト博物館での体験


ウィーンの街を歩きに歩いた昨日から一夜が明け、ウィーンでの三日目の朝となった。昨日は、ベートーヴェン記念館(ハイリゲンシュタットの遺書の家)を訪れた後、シューベルト記念館を訪れた。

来た道を戻りながら、ベートーヴェンが歩いていたであろうこの道を、今の自分が歩いていることが不思議でならなかった。同時に、今その瞬間の私の目に映り、実際に私の足が踏みしめる物理的な道だけではなく、ベートーヴェンが歩き続けた精神的な道の第一歩を私は踏み出したのだということを知った。

静かな住宅街から徐々に街の中心部に近づくにつれて、私がこの街で生活をすることは難しいように思えた。先ほどのベートーヴェン記念館があった場所とは比べものにならないほどに、ウィーンの街の中心部は喧騒で溢れていた。

そのようなことを思いながら、ウィーンの街の中心部へ向かって歩いていると、シューベルト記念館に到着した。ベートーヴェン記念館とは異なり、今では人通りの多い大きな通りに面した場所にこの記念館はあった。

ここもとてもこじんまりとした記念館だった。記念館に所蔵されている資料をゆっくりと眺め、若くしてこの世を去ったシューベルトについて思いを馳せていた。

シューベルトも作曲という形で、絶えずこの世に何かを表現しなければ魂が休まらない人間だったのだと思う。わずか31歳という若さでこの世を去ったシューベルトは、この場所で魂の燃焼を経験していたのだと思わずにはいられなかった。

シューベルトが愛用していた眼鏡が展示されているのを見たとき、この小さな眼鏡をかけて作曲活動に打ち込んでいたシューベルトの姿がまぶたに浮かび上がってきた。昼食前の時間帯にこの記念館を訪れている者は私以外にいなかった。

シューベルトに関する資料を私は気の済むまで眺めていた。しばらくしてから受付の方に挨拶を済ませ、私はシューベルト記念館を後にした。次に向かったのは、シグムント・フロイト博物館で会った。

シューベルト記念館からフロイト博物館までの距離はそれほどでもなく、少し歩いたらすぐに到着することができた。結論から述べると、私はフロイト博物館で多くのことを学んだように思う。

博物館での展示資料やオーディオガイドによって、フロイトという偉大な心理学者の人柄や生涯について多くのことを知ることになり、フロイトにより惹かれるようになっていった。

フロイトも規則正しい習慣を重んじる人物であることを知った。また、午前中や午後の時間帯に行われるクライアントとのセッションを終えた後、そこでの気づきや学びを毎晩文章としてまとめていたことを知った。

こうした日々の振り返りの積み重ねが、フロイトのセラピストとしての力量と精神分析家としての力量を高次元なものに導いていったのだと思う。フロイトが家族をこよなく愛し、家族と過ごす時間を極めて大切にしていたこと、数千点に及ぶ骨董品を収集することを生き甲斐にしていたことなどが、展示されていた資料からひしひしと伝わってきた。

フロイトが生前中にBBCのインタビューに答えている貴重な音声がオーディオガイドから聞こえてきた時、私は思わず館内で足を止め、近くにある椅子に腰掛けた。私は静かに目を閉じ、フロイトの肉声にじっと聞き入っていた。

館内の開放された窓から、春のウィーンの清らかな風が流れ込む。目を閉じている最中、私は少しばかり夢の世界にいたような心地がした。

人間の夢という現象を探究していたフロイトであれば、今私が感じていた夢のような意識世界をどのように捉えるのだろうか。そのようなことが気になっていた。

フロイトが千を超える数の自らの夢をつぶさに観察したように、私も自分の内側の現象を絶えず観察したいと思う。そして、フロイトと同じように、観察から得られた自分の思考や感覚を絶えず書くということを忘れずに実践し続けたいと思う。

フロイト博物館を訪れた私の心は、今日のウィーンの天気を象徴するかのように晴れ渡っていた。2017/4/5

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