ふと、先々週に行われた「複雑性とタレントディベロップメント」のクラスについて思い返していた。その時のクラスでは、「即興(improvisation)」という現象をダイナミックシステム理論の観点から考察することに主眼が当てられていた。
実際にクラスの中で、即興劇を幾つか行い、劇全体を一つのシステムと見立て、私たち一人一人をシステムを構成するエージェントと見立てた。この劇を通じて、いろいろなことを考えさせられることになった。
まずは、「創発(emergence)」という概念についてである。創発とは、これまで何度か書き留めているが、システムの構成要素がある階層構造内で相互作用をすることによって、ある時突然、新しい階層構造を生み出すというものである。
即興劇の最初は、このような創発現象はもちろん見られなかった。だが、一人一人が劇の中でやり取りを重ねることを通じて、突如として新たな階層構造を生み出したというような瞬間に立ち会うことができた。
新たな階層構造とは、即興劇の場合において、話の局面の大きな転換だと考えるとわかりやすいだろう。あるいは、それまでは何らまとまった意味をなさない会話のやり取りが、突然に一つの大きな意味の総体に変化することも、創発の一例だろう。
ここでポイントとなるのは、「繰り返し(iterativity)」という概念だ。繰り返しというのは、ダイナミックシステム理論でも鍵となる概念であり、これはシステムの出力と入力が反復されることを意味する。
即興劇の文脈において、ある一人のエージェントの発言が、別のエージェントにとっての入力情報となり、その人物がまた何らかの発言をするという出力情報がもたらされる。こうしたプロセスが繰り返されることによって物語が進行し、ある時突如として、創発が起こることがあるのだ。
創発が起こるためには要素間の相互作用が必要なのだが、それが一回限りのものだと創発は起こらない。つまり、要素間の相互作用が繰り返し行わることによって初めて創発が生まれるのだ。 一つの即興劇を終えた後、それに対して振り返りを行い、今度は別の即興劇に取り掛かった時に興味深い現象を目の当たりにした。より具体的には、これまでの即興劇の進め方に、一つの新たなルールを設けてみた時に、とても面白い現象を目撃したのだ。
端的に述べると、システムに新たなルールを一つ設けただけで、システムの挙動が劇的に変化することを目撃したのだ。先ほどの即興劇では、役者は相手の話を聞きながらも、好き勝手な発言ができたのだが、必ず他者の発言の最後の内容を繰り返して新たな意味を付け加えるという新たなルールが導入された。
すると、先ほどの劇の様子とは姿が一変したのである。他者の発言の最後の内容を繰り返すという都合上、より注意深く他者の発言に耳を傾けるようになり、さらにそれに対して新たな意味を付け加えることが要求されているがゆえに、相互作用の質が向上したように思えた。
その結果、創発現象も比較的わかりやすい形で現れたのではないかと思う。「即興」「創発」「繰り返し」というのは、今回のクラスで取り上げたエクササイズだけに関係するものでは決してない。
私たち人間がコミュニケーションを図る際には、常にそれらの概念が関係していると言えるだろう。創発現象というのは、システムの発達現象に他ならないため、人間の発達の研究と実務に携わる私にとって、とりわけ重要な現象に映った。2017/3/29