今日は午前中に、発達支援コーチングのセッションを終えた後から就寝直前まで、「複雑性とタレントディベロップメント」のコースで要求されている論文を執筆していた。
これは、インドネシア人のタタと共同で執筆しているものだ。私は来週からオーストリアへ学会へ行くことになっており、ちょうどこの論文の提出期限と重なっている。
また、タタも別のコースの最終試験を翌週に控えているため、この共同論文を提出期限よりも幾日か早く仕上げることをお互いに合意した。午前中に、まずは論文のイントロダクションを書き上げた。
今回の研究は、サイコセラピストとクライアントがセッションの中でどのような相互作用を行っているのかを調査するものである。具体的には、クライアントの発話の複雑性とセラピストの発話タイプに着目し、クライアントの発話の複雑性がセラピストとのやり取りを通じて、どのように変化していくのかを調査する。
カート・フィッシャーの共同研究者でもあったマイケル・マスコロとマイケル・バサチーズが記した名著 “Psychotherapy as a developmental process (2010)”に指摘があるように、クライアントが精神的浄化(カタルシス)を経験するときに、発話の複雑性が増加する現象が見られる。
これは個人的に大変興味深い現象であり、以前の日記で紹介したように、この現象は心理システムの内側におけるエントロピーの増加現象と密接な関係を成している。私たちの研究の仮説では、クライアントの複雑性は変動性を見せながらも、セッションの進行に応じて増加傾向を示し、精神的浄化に伴う高度な複雑性の地点に移行する瞬間を示し得る、というものである。
この仮説の裏には、さらに二つの重要な概念が存在している。一つは「双方向的作用」であり、もう一つは「創発」である。双方向的作用というのは、簡潔に述べると、セラピストが一方的にクライアントに影響を与えているのではなく、セラピストとクライアントの双方がお互いに影響を与え合って発達していくという考え方を示す概念である。
つまり、セラピストの発話はクライアントの発話の複雑性に影響を与え、クライアントの発話の複雑性が変化することによって、セラピストは発話の種類と複雑性を変えていくのだ。ここには、一方向的な因果関係はなく、双方向的な因果関係が時間の経過に応じて、どんどん変化していくというプロセスが見て取れるだろう。
そして、創発は、ダイナミックシステム理論の最重要概念の一つであり、下位の階層にある要素が相互作用することによって、突如として、上位の階層構造を生み出すというものである。今回の研究の文脈で言えば、セラピストとクライアントの相互作用というミクロなやり取りが積み重ねられた結果として、ある時突然、一つ次元の高い階層構造にクライアントが辿り着く現象のことを創発と呼ぶ。
タタに第二章の研究手法に関する文章を任せており、私は主に、第一章のイントロダクション、第三章のデータ解析、第四章のさらなる研究提案の箇所を執筆することになっている。今日は午後から夜にかけての時間を費やすことによって、無事に第三章まで執筆することができた。
イントロダクションを執筆する最中、春の気候を彷彿させるかのような陽気な気分になり、データ解析に関しても、のめり込むように夢中になって執筆を行っていた。まずは、データ解析から仮説を検証する作業を行っていた。
非常に面白いことに、仮説通りに、クライアントはセラピストとのやり取りを通じて、変動が伴いながらも、セッションの経過に応じて、発話の複雑性を増加させる傾向を示していた。また、一つのセッションの最中で、クライアントの心的システムが「相転移」を経験しているようだった。
相転移とは、先ほどの創発と密接な関係があり、それはシステムが既存の階層から別の階層に移行することを示す。また、上記で指摘したように、相転移が生じる前は、エントロピーが増大し、相転移が生じた後は、エントロピーが減少するという傾向が、確かに今回の研究の中でも見られたことは、とても興味深い結果であった。
そこからさらに分析を深掘りし、「交差再帰定量化解析(cross recurrence quantification analysis: CRQA)」という非線形ダイナミクスの手法を用いて、セラピストの発話タイプとクライアントの発話の複雑性のシンクロナイゼーションの度合いを確かめた。
書きそびれていたが、今回の研究は、一つのセッションを取り上げたのではなく、二つの連続するセッションを取り上げた。そのため、最後の分析では、二つのセッションを比較してみて、どちらの方が、セラピストとクライアントがシンクロナイゼーションを起こしているのかを調査した。
今回のデータがカテゴリーデータであるという性質上、CRQAの手法を活用することによって得られる指標の中でも、四つのものに絞って分析を進めた。詳細を割愛するが、結果として、初回のセッションよりも、二回目のセッションの方が、セラピストの発話タイプとクライアントの発話の複雑性がシンクロナイゼーションを起こしていた。
今回の研究論文で課せられている制限字数が短いため、ここで分析を止め、さらなる分析の可能性を第四章に盛り込んでおこうと思う。今日も文章を書くことによって彩られた休日だった。2017/3/25