昨日は、夕方から「複雑性とタレントディベロップメント」というコースの最後のクラスに参加した。前回のクラスに引き続き、今日もゲストスピーカーが講義を担当した。
今日の講義を担当したのは、私の論文アドバイザーであるサスキア・クネン教授だった。クネン先生は本来、アイデンティティの発達を専門としている。
現在の私の研究テーマは、アイデンティティの発達ではないのだが、クネン先生がダイナミックシステムアプローチに造詣が深いため、私のアドバイザーを務めてもらっている。講義のテーマは、主に青年期から成人期初期にかけてのアイデンティティの発達とキャリアディベロップメントだった。
講義を通じて、幾つか考えさせられることがあり、それをノートに走り書きすることに私はしばしば熱中していた。私たちのアイデンティティを一つのダイナミックシステムとみなすと、それを構成する様々な要素を発見することができる。
例えば、自分が自分をどのように見ているのかという自己イメージ、他者が自分をどのように見ているのかという自己イメージ、自分が他者をどのように見ているのかという他者イメージ、自尊心という感情など、挙げれば切りがないだろう。
重要なことは、それらの要素は確かに全て関係し合っていながらも、それらの度合いには差があるということだ。ネットワーク科学の発想を用いれば、それらのノードが連結するリンクの度合いは、決して等しいわけではなく、差異があると言い換えることができるだろう。
また、要素を結び合わせるリンクに関しても、その関係性は、肯定的、否定的、中立的なものが少なくともあるだろう。また、それらの因果関係の矢印は、一方向的なものもあれば双方向的なものもある。
アイデンティティの発達にシステム科学とネットワーク科学の発想を用いるときには、それらのことに注意をしながらモデル化する必要があるのだ。また、クネン先生の講義の中で、マライン・ヴァン・ダイク教授が補足説明をしていたときに何気なく使っていた「創発(emergence)」という現象についても、少しばかり考えを巡らせていた。
ちょうど、その日の午前中に読んでいた論文の中で、ピアジェ派や新ピアジェ派の多くは、発達現象を構成(construct)されるものと捉える傾向があるということが指摘されていた。まさに、ロバート・キーガンが提唱した「構成的発達心理学」というのは、その最たる例だろう。
キーガンの重要な発達思想は、人間の発達は一生涯にわたって構成されていくという考え方である。しかしながら、近年のダイナミックシステム理論を活用している発達科学者たちは、少しばかり違った発想をする。
端的に述べると、彼らは、発達現象を構成されるものというよりも、創発されるものとして捉えるのだ。創発というのは、一つのシステムにおいて、下位階層にある構成要素同士の相互作用によって、要素の単純総和を超えた性質や機能が出現し、それが上位の階層になるという現象だ。
驚くことに、ジャン・ピアジェやピアジェに多大な影響を与えた発達論者のジェームズ・マーク・ボールドウィンは、実は「創発」に近い考え方を持っていることが、彼らの書籍を読むことによってわかった。だが、ピアジェ派や新ピアジェ派の多くは、そうしたシステム科学の発想はほとんど持っていないため、彼らが発達現象を創発的なものだと捉えることはほとんど無いと言える。
元来、創発という現象はシステム科学のものであるが、今の私はそこからさらに、ネットワーク科学の観点から創発を捉え直してみると、新たにどのようなことが言えるのかに関心がある。2017/3/23