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795. 唯一の望み


昨日は、時間を忘れてしまうほど、自分の研究に打ち込んでいた。時間が経つのがあっという間であったと思った時に初めて、時間というものが存在していたのだと知った。

非線形ダイナミクスの専門家であるラルフ・コックス教授との午前中のミーティングの後、プログラム言語のRを用いて、「交差再帰定量化解析(CRQA)」と「トレンド除去変動解析(DFA)」という非線形性ダイナミクスの手法を研究データに適用していた。

最も時間を費やしていたのは、交差再帰定量化解析のプロット図を綺麗に描くためのプログラミングコードを書くことであったが、悪戦苦闘の末に納得のいくコードが書けた時は、格別な充実感がもたらされる。

また、トレンド除去変動解析についてもRを用いて分析をしてみたところ、分析結果はすぐに算出できたのだが、ここでもやはり、研究論文に掲載するにふさわしいほどの見栄えの良いグラフを描くことに関しては、改善の余地が多分に残されていた。

就寝の直前まで、最適なプログラミングコードを模索していたが、結局それを見つけることができなかった。そのため、今日の午後からは、ビジュアルとして論文の掲載にふさわしいグラフを描くためのプログラミングコードを見つける作業に取り組みたい。

一方、午前中に取り組みたいことは、午後から計画しているような手を動かす作業ではなく、じっくりと研究論文を読むことである。特に、交差再帰定量化解析とトレンド除去変動解析に関する論文を丹念に読みたいと思う。

これは昨夜の段階で決めており、就寝前、書斎の机に上に置かれた書見台の上に、目星の論文を複数並べておいた。交差再帰定量化解析にせよ、トレンド除去変動解析にせよ、非線形ダイナミクスの研究手法は、時系列データを解析する際に非常に有用であり、さらにはシミレーションや予測にも活用することができるため、ダイナミックシステムとしての人間発達を研究する際には不可欠な研究ツールだと思っている。

この思いは日増しに強まるばかりであり、思いの強まりとともに、それにのめり込んでいく自分がいるのを知っている。とにかく、毎日毎日願うように思っているのは、非線形ダイナミクスやダイナミックシステムアプローチを活用した研究と実務により多くの時間を捧げたいということである。

これは切実な願いだと言っていいかもしれない。兎にも角にも、論文や専門書を読み、そこから得られた気づきを文章として書き、研究をし、研究の過程で得られた知見をわずかばかりでも発達支援の実務に還元することができたら、という思いのみに従って日々の生活を形作っているように思うだ。

そのような思いを持つ自分を冷静に見つめてみると、私はつくづく、人間の発達について徹底的に知りたいという一心で毎日の仕事に向き合っているのだということがわかる。正直なところ、「人間の発達現象を知りたい」という気持ちだけを頼りに、毎日を生きていると言ってもいいかもしれない。

この世界には無数の人間が存在している。人間の発達を知るためには、そうした無数の人間を見つめていく必要があるかのように思えるかもしれない。しかし、それは不可能である。

それが不可能であると知った時、私にできることはたった一つしかなかった。それは、私という一人の人間の発達現象を、一つの塵が入る隙間もないほどに知り尽くし、そこで得られた事柄を私という一人の人間の固有性から解放し、普遍的な知に変えていくことであった。

探究の出発点は徹頭徹尾、自己に立脚したものでなければならない理由が私にはあり、その末に得られた知は徹頭徹尾、個を超えた普遍的なものでなければならない理由が私にはある。この思いを欺いて毎日を生きることなど、私には決して不可能である。

その思いに欺きながら生きる時、私は自己を通じて真に生きていないことを意味しているように思えて仕方ないのだ。人間の発達に関して得られた私的な知を公的な知に変容させていくためには、徹底して自己の発達現象に向き合い、自己そのものを変容させていく必要がある。

そうした自己変容の先に、そこに到達するまでの過程で得られた知見が普遍的なものに近づいていくように思うのだ。私はこれをなす必要がある。また、これをなすことを心の底から望んでいる。

時間が止まってしまうほどに、そして、自分の内側にある個としての究極的な点以外は全て消滅してしまうほどに、この道に自分の全てを捧げたいと思う。他に何も望むことは一切ない。

この道にただ自己を捧げるだけだ。それが唯一の望むことである。2017/3/2

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