今日は朝一番に「創造性と組織のイノベーション」と「複雑性とタレントディベロップメント」というコースの課題論文を読んでいた。特に、前者のコースを担当するエリク・リーツシェル教授の文献選択は非常に体系的であると気づかされる。
リストに記載されている一つの文献と次の文献が見事に繋がっており、同じ論点であるにもかかわらず、最初の論文の実証結果と真逆の結果を示すようなものが次の論文に記載されていたりする。
そこから注意深く読んでみると、同じ論点でありながらも、調査で焦点を当てる箇所が異なっていたり、前提条件が異なっていたりするのだ。文献リストを作成したリーツシェル教授の意図は、受講生に対して一段俯瞰的な視点で両者の実証結果を捉えることを促しているように思える。
こうした文献の読み方により、そのトピックについての理解がより重層的になっていくのがわかる。論文に記載されている、創造性や組織のイノベーションに関する実証研究やそれらの高め方よりも、それらの論文を抽出したリーツシェル教授の狙いや、文献リストの中におけるそれらの論文の並べ方の方がよほど学びが多いように思える。 幾つかの論文を読んだところで、自分の研究論文の執筆に取り掛かった。今日は、人間の発達プロセスの中で不可避に現れるアトラクター状態に関する章を執筆した。そもそもアトラクター状態とは、ダイナミックシステム理論の中でも最重要な概念の一つであり、ダイナミックシステムが示す安定的な状態を意味する。
ただし注意が必要なのは、ダイナミックシステムはアトラクター状態にあったとしても、絶えず動きを止めずに運動を行っているということだ。つまり、アトラクター状態とは、確かにシステムが安定状態にあることを示す概念なのだが、実際には、そのシステムはダイナミックな動きを継続させながら安定状態を作っているのだ。
さらに興味深いのは、ダイナミックシステムは一つのアトラクター状態だけではなく、複数のアトラクター状態を持ちうるのだ。ダイナミックシステム理論を神経科学に適用しているスコット・ケルソーの言葉を借りれば、そうした状態を「多重的安定性」と呼ぶ。
厳密には、私たちの知性や能力は、その構成要素を考慮すると、多階層的な状態空間を持っており、それぞれの状態空間内に複数のアトラクターが存在しうる。そのため、発達支援の際には、ひとえに発達の安定期——もしくは停滞期——と見立てて支援策を練るのではなく、どの状態空間内における、どのアトラクターのことを指しているのかを特定する必要があるだろう。
この分析を精密に行うためには、データが必要であり、応用数学の手法を活用する必要がある。ただし、コーチやセラピストなどの臨床家にとって、データの収集や数学的な解析手法を適用するのはそれほど現実的ではないだろう。
現実的に考えると、支援者のメンタルモデルの中に、発達の停滞現象を生み出しているのは一つのアトラクターではなく、意識空間内の様々な階層に存在する複数のアトラクターかもしれないという発想を持つことが第一歩だろう。
そうした発想があるかないかによって、発達を妨げている要因を分析する質が変わってくるだろうし、そもそもクライアントの安定期に対する捉え方が変わってくることになるだろう。
多重的安定性という概念は、その他にも、発達支援という実務に対してより有益な観点を提供してくれるものであると思われるため、今後どこかでまたこの概念を取り上げることになるだろう。 アトラクターに関する章を書き終えたところで、昼食をとり、午後からはニコ・イペレン教授の「能力とモチベーション」というコースに参加してきた。このコースは正規に履修しているわけではなく、自分の関心から、単に聴講をさせてもらっている。
人間の発達を考える際に、「モチベーション」という感情は極めて重要であり、能力の発達とモチベーションを多角的に扱うイペレン教授の授業はいつも示唆に富む。ただし、今日は見えない疲れがあったのか、クラスに臨む私自身のモチベーションは低かった。
そこから、モチベーションという感情もダイナミックシステムであり、生き物のように変動することを改めて実感する。ダイナミックシステムとして生きている以上、このような日あるだろう。2017/2/14