年末年始の一時帰国の最中に、私の中で、新たな経験の獲得が起きていたためか、フローニンゲンに戻ってきてからしばらくは、自分の内側で何かを整理し、それを静かに咀嚼するような現象が起きていた。
日本で得られた経験の咀嚼が、自分の内側で静かに進行し、それが落ち着くまでに幾分時間を要した。この街に戻ってきてから二週間が経った頃に、ようやく自分の中で、それらの経験がひとまず咀嚼されたのだと実感した。そうした実感が示すように、今の私の心境はとても穏やかである。
昨日、「複雑性と人間発達」のコースの振り返りを行っていた時に、ポアンカレの回帰定理とターケンスの埋め込み定理は非常に面白いと改めて思った。ポアンカレの回帰定理とは、ダイナミックシステムの挙動が初期値の近くに無限回戻ってくることを示すものである。
ここで面白いと思ったのは、ダイナミックシステムが初期値の「近く」に「無限回」戻ってくるという点である。決して初期値そのものに戻ってくるわけではなく、その近郊に戻ってくるのである。
そして、そうした運動は不規則な周期で無限回繰り返されているのだ。人間の知性や能力を一つのダイナミックシステムに見立てた時、ポアンカレの回帰定理を用いると、知性や能力の発達に関して様々な説明が考えられると思う。さらには、そこから研究のアイデアが複数湧き上がってくるように思う。
私は数学者ではないため、ポアンカレの回帰定理の厳密な意味をまだ把握していないが、どうやらこの定理は、外界から完全に独立した「孤立系」に関して当てはまるものらしい。つまり、外界とエネルギーを交換しないようなシステムに対してこの定理が適用されるということである。
私たちの知性や能力は、間違いなく外界とエネルギー交換を行い、多様なシステムが相互作用しているため、人間の発達にポアンカレの回帰定理を単純に当てはめて考えを進めていくことは好ましくないのかもしれない。
ただし、私たちの知性や能力が発達していく際に、常に以前の状態に引き戻されるというある種の退行現象が繰り返し見られる。それは以前の状態と全く同じではなく、以前の状態に近い場所に繰り返し戻るという点において、さらにはその周期は不規則であるという点において、ポアンカレの回帰定理が示唆することと重なるものがあるように思ったのだ。
さらに、元フローニンゲン大学教授フローリス・ターケンスが名付け親となっている「ターケンスの埋め込み定理」も大変示唆に富む。これは示唆に富むだけではなく、複雑なシステムを研究する際にとても有益な定理だと改めて思った。
現在の私の理解の範囲でターケンスの埋め込み定理を知性発達と絡めて説明すると、基本的に、私たちの知性や能力は無数の変数を持つ動的システムである。つまり、無数の変数が相互に影響を与え合って、全体としての一つのシステムを形成しているのが私たちの知性や能力の特徴である。
そこから、全体としてのシステムの特徴や動きを把握するためには、無数の変数の特徴や動きを考慮しなければならない。しかしながら、そうしたことは基本的に不可能である。
だが、ターケンスの埋め込み定理を用いれば、それが可能になるのだ。つまり、全体を構成する一つの変数を抽出し、そこから数学的な操作——状態空間の再構成など——を施せば、複数の変数が織りなすシステム全体の特性を復元できてしまうのだ。
講義の中でこの定理の概要を始めて聞いた時、いまいちこの定理が持つ大きな意味に気づかなかったのであるが、改めて考えるとこれは驚くに値する。例えば、全体としてのシステムが10次元を持っていても、それを一つの変数から復元できてしまし、全体としてのシステムを構成する次元が不明でも、結局のところ一つの変数から全体のシステムの特性を復元できてしまうのだ。
これは、ダイナミックシステムが相互作用をする変数によって構成されているため、一つの変数の特性が明らかになれば芋づる式に他の変数の特性が割り出されることと関係しているだろう。このあたりの数学的な理論については、専門書や論文を通じて今後少しずつ理解を深めていきたい。
いずれにせよ、ポアンカレの回帰定理にせよターケンスの埋め込み定理にせよ、複雑な発達現象を研究する際にそれらは不可欠なものであると思う。2017/1/29