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688. 深まる孤独さと幸福への道


昨日に引き続き、今朝もとりとめもないことを考えていた。早朝の仕事に取り掛かる前に、ここ最近は必ず昨日の振り返りから生まれた考えを書き留めるようになっている。

昨日書き留めることができなかったのは、孤独感についてである。孤独というのは、自分が向き合っている一つの大きなテーマであることに違いはないが、これはこの言葉が醸し出す雰囲気と意味に囚われず、本当に自分が感じている感覚に最も近い意味でそれを記述していくことがなかなか難しい。

これまで何度も孤独について言葉を紡ぎだそうとしてきたが、どうもその核心部分に迫れていない気がしてしょうがない。年末年始の日本への一時帰国からオランダに戻ってきて以降、孤独感は深まる一方である。

ここで言っている孤独感とは、人との接触を希求する感情を単に意味しない。他人との接触を極力控えるようになったのは今になって始まったことではなく、もう10年以上もそのような状態が続いている。

そのため、人と会話をすることや誰かが物理的に近くにいるかどうかが、孤独の基準になることはない。一つ難しい問題は、今の自分が抱えている孤独さの対象である。

私は、一体何に対して孤独を感じているのかということが依然として釈然としないのだ。そのような思いを言葉にしてみると、一つ思い当たる節があることに気づいた。

孤独さの対象は、高い精神性なのかもしれないと思ったのだ。あるいは、真・善・美の追求から生まれた極地だと言えるかもしれない。つまり、自分が現在抱えている孤独さとは、高い精神性と自分との距離であり、真・善・美の追求から生まれた極地と自分との距離なのではないか、と思ったのだ。

それらの距離が依然として埋めることのできないほどの開きがあるゆえに、私は絵も言わぬ孤独さを日々抱えて生きているのかもしれない。そうした気づきとともに、こうした孤独さこそが、自分の精神を高く豊かなものに導いていくと思うのである。

深い孤独さの中で毎日を生きれることは、とても有り難いことなのかもしれない。自分の精神を高く豊かなものに導いていく孤独さを感じながら毎日を過ごせることは、とても有り難いことにちがいない。

それゆえに、深い孤独さを通じて日々を形作れることに感謝をし、今日も自分の仕事に打ち込みたいと思う。今の自分にできることは、それしかないのだから。

そうした決意にも似た思いとともに、いつもと同じように、早朝にヨギティーを一日分作っていると、ティーバッグのタグに記載された言葉に少しばかり心を洗われたような気持ちになった。

そこには、”There is no way to happiness. Happiness is the way.” という言葉が記載されていた。幸福へ至る道というものは存在せず、幸福というものは道にほかならない、というような意味だろう。

日ごとに深まりを増す今の孤独さを乗り越えようとするような方法を探すのではなく、深海へ向かうような孤独さも自分が通るべき道にほかならないのだろう。そのような思いとともに、今日も前へ進みたいと思う。

それが自分にとっての幸福さであり、自分の道なのだと思う。2017/1/26

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