今日は早朝から、現在進行中のオンラインゼミナールの最終回の講義資料を作成していた。最終回は、知性発達科学の歴史的変遷を辿りながら、知性や能力の発達に関する近年の思想や理論などを取り上げる予定である。
厳密に知性発達科学の源流にまで遡るのであれば、仏教の意識の発達思想やヨガの理論体系などに触れなければならないだろう。しかしながら、そこまでテーマを拡張してしまうと収拾がつかなくなってしまうので、知性発達科学の中でも重要性の高い発達心理学に焦点を絞り、発達心理学という領域を開拓したジェームズ・マーク・ボールドウィンからストーリーを始めることにした。
その後は、ボールドウィンから多大な影響を受け、発達心理学に大きな貢献を果たしたジャン・ピアジェの生涯と仕事を辿っていく予定である。ピアジェに関しては、個人的にとても思い入れが深い。
なぜなら、私が師事をしていたロバート・キーガン、オットー・ラスキー、カート・フィッシャー、そして、現在フローニンゲン大学で師事をしているポール・ヴァン・ギアートやサスキア・クネンといった研究者は一様に、ピアジェから多大な影響を受けており、自分がピアジェの系譜を辿っていることを強く感じるからである。
さらに、今年の夏に、ピアジェの生誕地であるスイスのニューシャテルに実際に足を運んだことによって、ピアジェがより近い存在になったように思う。ピアジェの生誕地で、彼が遥か昔に見ていたであろう景観を自分も眺め、彼が吸っていたであろう空気を私も吸うことによって、私の中にいるピアジェがより大きな存在になったと思っている。 そうした個人的な思い入れのあるピアジェを扱った後に、新ピアジェ派と呼ばれる研究者たちの思想や業績について簡単に紹介したいと思う。実は、私のメンター的な存在であるカート・フィッシャーは、元々は新ピアジェ派に括られる研究者であった。
フィッシャーがユニークなのは、研究者としてのキャリアを深める中で、自身の新ピアジェ派的な発達思想や研究手法を乗り越えていったことにある。新ピアジェ派の他の多くの研究者は、基本的に、一度強硬に形成された自身の発達思想から脱却し、新たな発達思想を醸成することはない。
その点において、絶えず自分の研究をより深く高度なものに変容させていったフィッシャーの仕事の歩みは、特異であり、なおかつ尊敬に値する。新ピアジェ派を取り上げた後は、最後に、「新・新ピアジェ派」の発達思想や研究手法に触れたいと思う。
発達心理学のテキストを眺めると、新ピアジェ派までの思想区分は、様々なテキストの中で明確に記載されている。しかし、知性発達科学の領域の最先端で現在活動している研究者を新ピアジェ派として括るのは、非常に乱暴な試みに思える。
なぜなら、近年の研究者は、新ピアジェ派の発達思想を受け継ぎながらも、それを含んで超えるような思想を形成しており、さらには研究手法についても、非常に斬新なものになってきているのだ。こうした背景には、発達科学が積極的に複雑性科学の知見を取り入れ始めているという事実があるだろう。
厳密に歴史を遡れば、先日サスキア・クネン教授から耳にした話だが、ポール・ヴァン・ギアートは、30年以上も前に、コンピューターが大学の研究機関で徐々に活用され始めるようになった時から、複雑性科学のアプローチを活用したコンピューターシミレーションを通じて、発達現象の解明に向けた探究をしていたのだ。
そうした意味で、ヴァン・ギアートは、新・新ピアジェ派の開拓者の一人だと思っている。ヴァン・ギアートのように、比較的古くから複雑性科学の領域の中のダイナミックシステムアプローチを活用していた研究者は、その他にも何名かいる。例えば、エスター・セレン、アラン・フォーゲル、マーク・レヴィスなどである。
おそらく、構造的発達心理学の系譜を受け継ぎ、知性や能力の発達現象にダイナミックシステムアプローチを活用している研究者は、世界中で20-30名程度ではないかと思う。もちろん、私のように駆け出しの研究者を含めれば、もう少し人数が増えるかもしれない。
新・新ピアジェ派の萌芽は、四半世紀以上前に生まれていたのだが、現在においても、新・新ピアジェ派の思想を持って研究に従事している人は少ないように思う。今回のゼミナールの最後のクラスでは、新・新ピアジェ派の発達思想や研究手法についても取り上げていきたいと思う。
ピアジェ派や新ピアジェ派の考え方は、過去の自分が通過してきたものであり、そこから徐々に脱却したものであるため、客体化させることは比較的容易である。しかし、新・新ピアジェ派の思想は、現在の私が信奉しているものであり、その思想が実証研究と歩みを合わせる形で徐々に洗練されていくものであるため、客体化させながら説明を行うのは少し難しいかもしれない。
現段階で、自分がどのような発達思想に立脚して、発達現象を眺めているのかを明瞭にすることに関して、講義資料を作成する過程そのものが有益だと感じた。2016/12/7