発達科学者のカート・フィッシャーが残した功績について、まだ書き足りないことがあったようであり、フィッシャーが発達科学に与えた貢献についてしばらく考え続けていた。特に、優れた理論が持つ応用力について考えを巡らせていた。
ここで述べている理論モデルの応用力というのは、実務の世界で具体的に活用できるかどうかという力も当然含まれているが、それ以上に、その理論が科学研究の進展にどれだけ寄与するかの力のことを指している。
つまり、その理論に基づけば、どれだけ多様な研究が行うことができ、当該科学領域にどれだけ新たな知見を加えることができるのか、という力である。そのようなことを考えると、フィッシャーのダイナミックスキル理論は、途轍もない応用力を持った理論だと思う。
ダイナミックスキル理論が持つ密度・強度・高度など、どれを取っても、一線級の科学理論であるように思えてならない。事実、私が今取り組んでいる研究で活用している主な理論は、まさにフィッシャーのダイナミックスキル理論であり、彼の理論がなければ、今の私の研究が成り立たないとすら言える。
私以外にも、知性発達科学の研究者たちの多くが、今もなお、フィッシャーの理論を活用しながら、自分の関心テーマを追いかけ、当該領域に新たな知見を加えようと日々の研究に励んでいると言える。
残念ながら、フィッシャーは数年前に引退をしてしまったが、彼が創造したダイナミックスキル理論は、フィッシャーの引退後も、さらに磨きをかけられていくのではないかと思っている。いや、より洗練させていくことが、多くの知性発達科学者に求められていると思う。
遡れば、知性発達科学の創始者に位置付けられるジェームズ・マーク・ボールドウィンや、知性発達科学に多大な影響を残したジャン・ピアジェの理論は、彼らが現役を退いて以降も、彼らの系譜を受け継ぐ者たちの手によって、理論が絶えず洗練されていったという歴史がある。
疑いようもなく、フィッシャーもピアジェの研究に多大な影響を受けており、一時期は新ピアジェ派の代表的な人物であると言われていた。そこから、フィッシャーは、新ピアジェ派の発達思想を乗り越えていき、自分の理論体系をさらに洗練化させていったのである。
そして今、知性発達科学の研究領域では、フィッシャーの理論を受け継ぐ者たちが各々の専門分野の研究を進めている。私もフィッシャーの思想系譜を受け継ぐ一人として、彼が残した理論を活用した研究を進めるだけではなく、ダイナミックスキル理論そのものをさらに洗練させていくことにも従事する必要があるだろう。
おそらく、フィッシャー先生はそうしたことを望んでいるのだと思う。引退の前年に、フィッシャー先生の研究室に訪れた時、まさかその翌年に引退をされるとは思ってもみなかった。
というのも、研究室訪問後のメールのやり取りで、私の研究のアドバイザー役を務めてくれることを快諾してくださっていたからである。当時の私は、明確な研究案もなければ、研究の能力も極めて低かったため、結局、フィッシャー先生に研究計画書を提出する日はやってこなかった。
そのような過去を悔いることなく、先生の理論の恩恵を授かりながら、自分の仕事を深めていこうと思う。 一人の人間の仕事とは、永遠に完成しないものであり、常に道半ばなものだとつくづく思わされる。何かを絶えず深めようという意志を持っている人間にとって、仕事を完成させる形で引退などできないのだと思う。
そのような思いから、フィッシャー先生がやり残したことは一体何であったのかを強く意識しながら、今日の午後から夜にかけて、一心に彼の研究を辿っている自分がいたのである。