今日も非常に有意義な休日を過ごすことができた。午前中のオンラインゼミナールの後、仕事関係や交友関係の諸連絡を済ませ、予定通り、複数の論文と専門書に取り掛かることができた。
今日の文献調査を通じて、改めて、元ハーバード大学教育大学院教授カート・フィッシャーは、偉大な発達科学者であると思う。もちろん、ロバート・キーガンからも多大な影響を受けたことは間違いないが、キーガン以上に私に大きな影響を与えてくれたのは、間違いなくカート・フィッシャーである。
今からかれこれ三年半前、フィッシャー教授が引退をする前年、偶然にも彼の研究室を訪問させていただく機会に恵まれた。フィッシャー教授との対話の時間は、何にも代えがたいものであった。
研究室訪問後も、折に触れてフィッシャー教授に連絡をし、発達科学に関して諸々の助言を受けてきた。フィッシャー教授は、私にとって良きメンターであったし、現役を退いた後も、彼が残した専門書や論文は、私にとってのメンターのような存在である。
発達科学者としてのフィッシャー教授の偉大さは、やはり、自ら構築した理論を、一生涯をかけて彫琢し続けたことにあるだろう。実は、フィッシャー教授の有名な「ダイナミックスキル理論」というのは、今から35年以上も前の1980年に誕生した「スキル理論」が原型となっている。
フィッシャー教授の発達科学者としての生涯は、まさにこのスキル理論を彫琢し続ける過程であったと言ってもいいだろう。心理学の世界において、最も権威の高い専門ジャーナルの一つであるPsychological Reviewに投稿された “A theory of cognitive development: The control and construction of hierarchies of skills (1980)”は、構造的発達心理学者にとっての必読の論文だと思う。
非常によく知られたことかもしれないが、多くの科学理論が「最新」と呼ばれる形で、専門家以外の人々に広く知られるようになる時、その理論は、当該研究領域ではすでに最新ではなくなっていることがほとんどである。
なぜなら、そうした科学理論が世間で広く知られるようになるには、少なくとも5年から10年ぐらいのギャップがあるからである。キーガンの理論は、ようやく日本でも少しずつ知られるようになっており、斬新な発達理論と取り上げられているが、実際には、キーガンの理論の母体も1982年に出版された “The Evolving self”の時に出来上がっている。
2000年以降、キーガンは自身の理論の洗練化を行うというよりも、”Immunitity to Change”のような具体的な発達支援手法を開発することに注力をしていった。キーガンもフィッシャーも、どちらも偉大な発達論者であることに変わりはないが、晩年のキーガンは自身の理論を実務へ応用することに力を注いでいたのに対し、フィッシャーは最後まで、己の理論体系を実証研究を通じて磨き続けていったのである。
そのため、キーガンの理論を最新の発達理論とすることは少し誤りがあり、逆にフィッシャーの理論は常に理論体系が磨かれていったという都合上、理論の鮮度を常に保っているものであった。知性発達科学の領域も、日進月歩で少しずつ進展しているのは間違いないが、やはりフィッシャーの理論は、今もその色があせることはない、と今日の文献調査で改めて感じた。
フィッシャーの引退から二年程が経つが、今この瞬間の私の感覚では、フィッシャーの理論は限りなく先端に近い場所に位置していると思う。発達科学の高みに到達したカート・フィッシャーのような人物をメンターに持つことができたことは、何よりも有り難いことである。
彼の仕事の一歩一歩が、今の自分にとってどれほど大きな励みになっていることだろうか。フィッシャー先生からの計り知れないほどの激励を受けながら、私も自分の仕事を少しずつ深めていきたいと思う。