フローニンゲンからデン・ハーグ行きの列車に乗り、しばらくの時間が経過した。オランダの国内地図をまだ正確に把握していないため、主要都市の地理的関係が少し曖昧である。
そのため、デン・ハーグ行く最中に、かなり多くの地名を頭に入れることができ、それらの位置関係を掴むことができるようになった。正直なところ、アムステルダムを通過し、スキポール国際空港を通過したその後に、ライデンという街が待っており、最後にデン・ハーグに着くことになるとは、想定してなかった。
それくらいデン・ハーグまでの距離が遠かったのだ。列車に乗っている最中、私は自分のノートにアイデアを書きつけるか、あるいは、持参したクネン先生の主著に目を通していた。クネン先生が編集に携わった “A dynamic systems approach to adolescent development (2012)”は、読めば読むほど、新たな発見を生み出してくれる、自分にとっての良書だと再確認した。
デン・ハーグに到着するまでの間、自分のノートとその書籍を行ったり来たりする形で、自分の思考が躍動しているのを感じていた。そうした躍動感のおかげで、今回の私の研究で着目をしていた、教師・学習者間のやり取りの中で見られる思考の複雑性の挙動を、やり取りの推移を考慮しながら、二平面の「状態空間(state space)」の中で表現できる、というアイデアが生まれ、それを研究の中に盛り込んでみたいと思ったのだ。
人間の思考やアイデアの動きというのは、つくづく興味深いものである。もう一つ興味深かったのは、デン・ハーグに到着するまでの三時間弱の間において、常にそのような状態にあったわけではなく、しばらくの没入時間が経過した後は、我に返ったかのように、思考世界から再び現実世界に戻ってくるのである。
そして、現実世界に戻ると、再び思考世界に没入したいと思っても、なかなかうまくいかないものである、ということに改めて気づいた。没入から覚め、我に返って、窓腰のテーブルに置いていたコーヒーを二口ほどすすると、四人掛けの席の目の前にいる男性の存在に気づいた。
最初その男性は、通りを挟んで横にいるオランダ人の男性たちと英語で会話をしていたため、オランダ人ではなく、英国訛りのなさからもアメリカ人のように思えた。会話の話題は、米国の大統領選挙から始まり、米国の政党政治とオランダの政治に関する比較の話であったため、目の前の男性はアメリカ人であると思っていた。
それらの話題に私も関心があったので、話に入ろうかと思ったが、結局、イヤホンを外すことなく、再び読書に向かった。結局、一度気になりだしたことから逃れることはできず、読書にも身が入らなかったため、イヤホン越しに彼らの話を聞いていた。
しばらく話を聞いて気づいたのは、目の前の男性がノルウェー人である、ということであった。熱心に米国の政党政治について話すものだから、てっきりアメリカ人かと最初は思っていたが、米国人固有の英語の話し方でもないことに途中で気づき、その後、彼自身がノルウェーから来たと述べていたので、非常にすっきりした。
列車の車内で政治談議を聞いていると、オランダ国内政治の中心地であるデン・ハーグに自分はこれから降り立つのだ、という気持ちが強化されたのは面白い。三時間弱の列車の旅を退屈することなく、気づけば、あっという間にデン・ハーグに到着した。
デン・ハーグ中央駅に降り立った瞬間、三ヶ月前にドイツのライプチヒ中央駅に降り立ったのと同じような気持ちに包まれたのであった。これからデン・ハーグとの出会いが始まる。そのような気持ちであった。