今回の研究プロジェクトで焦点となる「概念的複雑性」について少しばかり考えていた。クネン先生からも、そもそもなぜこの概念を取り上げたのかについて、論文提案書の中で言及しておく必要があると以前指摘を受けていた。
構造的発達心理学では、そもそも、人間の知性や能力が高度に発達していく現象を扱っていく。この時、「高度」という言葉は、質的な差異を意味している。つまり、私たちの知性や能力が高度化するというのは、質的に新たな境地に到達することを意味しているのだ。
私は成人学習に関心があり、成人学習を通した質的な成長とは、学習項目に対する理解度の発達が一つ重要なものになると思っている。もちろん、新たな知識を獲得することに純粋な喜びを見出し、そうした喜びが満たされれば満足である、という学習者もいるだろう。
普段、私も一人の学習者であり、こうした純粋な喜びが満たされるのか否かは、学習上の重要なポイントになることは理解できる。しかしながら、多くの学習者は、学習を通じて知識基盤を確立し、それを実践の中で活用することを望んでいるはずである。
ある学びを通じて、学習者が知識基盤をどれだけ強固なものにすることができたか、そしてそれはどのような要因によってもたらされたのかを研究することは、私の一つの関心事項である。この時、学習者の知識基盤の度合いを評価するのに、「概念的複雑性」という概念を採用することは有益だと思う。
なぜなら、概念的複雑性というのは、言い換えると、学習項目に対する理解度に他ならず、理解度を測定することは、学習者の知識基盤の度合いを評価することと同じ意味を持つと考えているからである。また、概念的複雑性というのは、実践力と直結したものだと私は考えている。
これは見過ごされがちな点なのだが、高度な概念的複雑性を獲得していなければ、言語を活用する実務領域において、高い実践力を発揮することは不可能だと思っている。例えば、ロバート・キーガンの発達理論をコーチングやマネジメントに活用する際に、高度な概念的複雑性を獲得していなければどのようなことが起こるだろうか。
仮に、キーガンの発達理論には五つの段階モデルがあるという事実を知っているだけであれば、それは実践に資する有益な知識だと言えるだろうか。答えは否である。キーガンの発達理論には五つの段階モデルがある、という事実を押させているだけでは、実践では全く使い物にならないだろう。
コーチングやマネジメントにキーガンの理論を活用するためには、少なくとも、キーガンが提唱する五つの段階の特徴を押さえる必要があるだろうし、段階間の移行プロセスについても押さえる必要があるだろう。そして、各段階の課題に対して、どのようなアプローチが有効かに関する知識を獲得しておくことが最低限求められるだろう。
要するに、ある知識項目に対する概念的複雑性は、その知識を活用する実践力と密接につながっているのである。以前、物体の位置エネルギーを用いながら指摘をしたように思うが、物体が高い位置にあればあるほど、位置エネルギーが高まるのと同様に、概念的複雑性もより高い位置に到達すればするほど、実践エネルギーが高まると考えている。
「実践力を高める」と言うと、何やら手を動かしたり身体を動かしたりすることを想像してしまいがちかもしれないが、言語を活用するありとあらゆる実務領域において、実践力を高めるというのは、その実務領域における知識体系の概念的複雑性を高度化していくことに他ならないと思っている。
まさに私が研究対象としているのは、こうした概念的複雑性の高度化プロセスであるがゆえに、それは実践力の高度化プロセスでもあると言えるだろう。