今日は、午前中に「タレントディベロップメントと創造性の発達」というコースの最終試験に向けた学習を行い、午後からは、第二弾の書籍について構想を練っていた。前作『なぜ部下とうまくいかないのか』では、ハーバード大学教育大学院教授ロバート・キーガンの発達理論を中心に取り上げた。
近年、ビル・トーバートの『行動探求――個人・チーム・組織の変容をもたらすリーダーシップ』やキーガンの『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)を始めとして、構造的発達心理学の中の成人発達理論が注目を浴びているのは間違いない。
キーガンの一つ大きな功績は、自己や他者の捉え方を含め、世界を認識する枠組みの発達段階を明らかにしたことにある。つまり、キーガンの功績は、自己の人格的成熟は一生涯にわたって行われ、そのプロセスには質的な差異(段階)が見られることを指摘し、実証研究に基づいて各発達段階の特徴を説明したことにあるだろう。
構造的発達心理学の系譜を辿ってみると、キーガンの弟子の一人に、スザンヌ・クック=グロイターというスイス人の女性の研究者がいる。彼女はキーガンとほぼ同い年であるが、キーガンを指導教官として、ハーバード大学教育大学院で博士号を取得している。
クック=グロイターは、キーガンの発達理論を参考にする形で、自我の発達研究の大家であるジェーン・ロヴィンジャーの理論モデルと測定手法を洗練させることに大きな貢献を果たした。近年、「アクションインクワイアリー」という自己変革・組織開発手法で有名なビル・トーバートも発達段階モデル(アクションロジック)を提唱しているが、実は彼のモデルは、クック=グロイターの段階モデルを拝借しているのである。
実際に、トーバートとクック=グロイターは良き共同者であり、お互いの論文の中で互いについて言及し合っていたり、同じ書籍の中で、二人が著者として論文を寄稿しているものを見かける( “The postconventional personality: Assessing, researching, and theorizing higher development (2011)” など)。
キーガン、トーバート、クック=グロイターにせよ、彼らが成人発達理論に残した功績は計り知れないものがある。しかしながら、構造的発達心理学の専門家の間では、それらの理論はもはやそれほど注目されていない、というのが実態なのだ。
それらの理論は、自己の人格的成熟に焦点を当てたものであるがゆえに、固有の限界に直面しているのである。最もわかりやすい例は、ある二人の人物が同じ発達段階にいるはずなのに、二人が実際の実務で発揮するパフォーマンスに歴然とした差が生じるケースだろう。
あるいは、キーガンやトーバートの段階モデルを用いて、企業組織で要求される具体的な能力(「戦略思考能力」「意思決定能力」「問題解決能力」「問題発見能力」)をどのように説明していいのか戸惑ったことはないだろうか。
実は、キーガンが提唱する発達段階やトーバートが提唱するアクションロジックの段階がわかったところで、ある人が実際の文脈の中で発揮する具体的なパフォーマンスのレベルについては、何ら説明することができない、という大きな問題が一つある。
三者の理論はともに、「意識の重心構造」を想定しており、私たちは一つ——あるいは、重心を中心として前後一つ——の発達段階に基づいて行動をする、と考えられている。確かにこれは、自我の発達構造に当てはまる特徴だが、私たちの具体的な能力には当てはまらない。
近年の発達科学の研究が示しているように、私たちの能力は、一つの固定的な段階を持っているわけではなく、置かれている状況や文脈に応じて、絶えずその能力レベルが動的に変動するのである。また、能力の成長には、下降や退行という現象がつきものであり、それらを経験しながら、私たちの能力は次の段階に成長していくのだ。
キーガン、トーバート、クック=グロイターの理論モデルは、各発達段階の特徴を明確に説明しているが、ある発達段階から次の発達段階に至るプロセスについての説明が弱いことに気づいた方もいるのではないだろうか?
それもそのはずであり、彼らの構造的発達理論は、マクロな発達段階にしか注目をしていないからである。一方、応用数学のダイナミックシステムアプローチなどを活用した最先端の研究では、一つの段階から次の段階に至るミクロな発達プロセスに着目しており、段階の移行の中で、実際にはどのようなことが起こっているのかを掴むことができつつあるのだ。
日本社会の中で、構造的発達心理学の知見が普及していくことは望ましいが、現在注目を浴びつつあるそれらの理論が抱えている課題を考慮すると、そうした課題を解決してくれるカート・フィッシャーの「ダイナミックスキル理論」を紹介しながら、近年の発達科学の研究成果に言及していくことには大きな意義があるのではないか、と思った。
フィッシャーのダイナミックスキル理論を中心に、最先端の発達科学の知見を盛り込むような書籍を再び執筆したいと思う。