朝の八時になっても、辺りは一向に闇に包まれている。闇に包まれたままの世界の中で、小鳥の鳴き声だけがこだまする。闇の中で響き渡る小鳥のさえずりを聞きながら、今日の仕事を開始させた。
まず着手していたのは、人間の知性や能力が高度化するという「卓越の境地」について、昨日の分類を元にして他のモデルを整理していた。昨日の最後に考えていたのは、卓越性に影響を及ぼす要素を列挙するという、要素還元型のアプローチと、卓越性の構成要素がそれぞれどのような影響を及ぼしているのかを考慮に入れたアプローチの違いについてである。
前者の代表的な理論モデルは、フランソワ・ガーニエイが提唱した「DMTG」であり、後者の代表的な理論モデルは、ルート・ハータイなどが研究を進めている「ダイナミックネットワークモデル」と呼ばれる理論モデルだ。
卓越性に影響を及ぼす要素を列挙することに留まるのか、それらが相互に影響を与え合う動的な関係をなしていることにまで踏み込むのか、という二つのアプローチがあることを昨日紹介した。この分類に沿って、卓越性研究に関する種々の論文を読んでみると、その研究手法の根幹思想は、見事にどちらかの軸に重きを置いていることがわかる。
例えば、フィールドホッケーというスポーツの領域における卓越性を研究した論文 “Relation between multidimensional performance characteristics and level of performance in talented youth field hockey players (2003)”を読んでみると、フィールドホッケーの世界で卓越性を発揮するための要素が細かく列挙されている。
例えば、身長体重、体脂肪率などの人体的特性、短距離走やインターバル走などの数値結果が示す身体能力特性、フィールドホッケーで必要とされる基礎技術の数値結果が示す技術的特性、フィールドホッケーに関する戦術やルールなどに関する理解度が示す戦略思考特性、モチベーションやストレスマネジメントなどの数値結果が示す心理特性などが扱われている。
そして、それらの要素をそれぞれ統計分析することによって、どの要素が卓越性に影響を及ぼしているのかを調査している。フィールドホッケーの卓越性に影響を与える要素が何であるのかに関する結果よりも、この研究の根幹にある思想と研究の組み立て方に着目をしていた。
この研究では、それらの要素がフィールドホッケーのパフォーマンスレベルにどのような影響を与えているのか、という「要素→パフォーマンスレベル」の一方向のベクトルしか存在していないことに気づく。つまり、選手がトレーニングを通じて、時間の経過の中で、それらの要素がお互いにどのような影響を与え合い、それが選手のパフォーマンスレベルにどのような作用をもたらしているのか、という多方向のベクトルが存在していないのである。
一方、スポーツとはまったく違う教育の世界における論文 “The dynamics of children’s science and technology talents: A conceptual framework for early science education (2011)”と”Assessment of Preschooler’s scientific reasoning in adult-child interactions: What is the optimal context (2014)?”を同時に読んでいた。
どちらの論文も、私の研究プロジェクトで参考文献にしようと思っているものである。両者はともに、子供達がどのようなプロセスで科学に関する理解を深めていくのかに焦点を当てている。注目に値するのは、両者の研究が、教師・生徒・タスクの三角形(「タレントトライアングル」)をモデルとして採用し、それら三つの要素が時間の経過とともにどのような影響を相互に与え合っているのかを調査している点である。
要するに、これらの二つの研究では、卓越性に影響を及ぼす要因を列挙することにとどまらず、それらの要因が時間の経過とともにどのように相互作用を生み出しているのか、というところにまで踏み込んだ調査をしているのである。
二つの論文の著者はどちらも、フローニンゲン大学の教授であり、彼女たちの研究を見てみると、人間の知性や能力の発達を研究する近年の傾向の一つとして、要素間の複雑な相互作用を踏まえたアプローチを採用することにあると言えるだろう。2016/10/27