私たちの知性や能力が高度化する要因には、遺伝的特性や持って生まれた才能などの資質要因や、教育・他者からの支援・文化・家庭環境などの環境要因が重要なものとして列挙される。それでは、近年の卓越性研究では、それらの要因をどのように捉えて卓越性を説明する理論モデルを構築しているのだろうか。
ここでは説明を分かりやすくするため、代表的な二つの理論モデルを取り上げたい。一つ目は、以前言及した、フランソワ・ガーニエイが提唱した「DMTG」と呼ばれる理論モデルである。ガーニエイは、アンダース・エリクソンは熟慮ある実践を強調することによって先天的な資質を蔑ろにしている、と指摘している。
実際に、ガーニエイは、先天的な資質を重視し、それが実践やトーレニングを含めた環境要因によって開花する、という考え方を持っている。彼が提唱したDMTGモデルでは、卓越性に影響を及ぼす実に多くの要因が組み込まれている。
簡単に述べると、卓越性に影響を及ぶす要因を、個人の内面領域(性格や思考特性)・外面領域(身体特性)、集合の内面領域(文化要因)・外面領域(家庭環境やトレーニング設備などの実践環境や社会・経済環境)に見事に分類している。
それらの分類を見ると、卓越性に影響を及ぼす要因に関しては、ほとんど抜け漏れがないように思える。そうした観点において、ガーニエイのDMTGモデルは非常に優れていると言えそうだ。だが、この理論モデルは、卓越性に関して多面的な捉え方をしている一方で、幾分「要素還元的」な側面があることも事実である。
つまり、ガーニエイは、卓越性に影響を及ぼす要因を適切に列挙・分類することに成功しているのだが、それらの要因間の相互関係を考慮に入れていないのである。分かりやすいイメージでいうと、卓越性に影響を及ぼす要因を一つの箱に収めることには成功しているのだが、箱の中に詰め込まれた要因がそれぞれどのように影響を与え合い、卓越性の創出に貢献しているのかという点にまでは踏み込んでいないのだ。
これはあたかも、アメリカの思想家ケン・ウィルバーが提唱した「四象限モデル」を学びたての者が陥る罠に似ている。ウィルバー自身は、四つの象限で生じる事象は相互に影響を与え合い、同時に生起しているとみなす「tetra-arising」という考えを根幹に据えている。
実際のところ、四象限で生じている現象をそれぞれ的確に掴み、一つの象限が他の象限にどのような影響を及ぼしているのかを考えると、少なくとも12種類の相互作用を把握しないといけないため、意外と複雑な思考力が要求されているのだ。
ウィルバーの四象限モデルに習熟していない場合、現象を単なる四つの分類箱に整理するだけで終わってしまうことを頻繁に目にしてきた。これと同様の事態が、ガーニエイが提唱した理論モデルに見られるのだ。
DMTGという理論モデルを提唱したガーニエイですら、彼の論文を読むと、卓越性に影響を及ぼす複数の要因間の相互作用を考慮していないことが分かる。このような要素還元的理論モデルに対して、複数の要素の動的な相互作用を把握する理論モデルがある。
代表的なものが、私のメンターであるルート・ハータイたちが研究に応用している「ダイナミックネットワークモデル」と呼ばれるものである。このモデルでは、卓越性に影響を及ぼす要因を単に列挙するのではなく、要因の列挙から始まり、それらの要因がそれぞれどのような関係性になっているのかを洞察することが必須の適用条件とされている。
実際には、ダイナミックネットワークモデルは実証研究に活用されるものであるため、すべての要因を考慮に入れると無数の組み合わせが生まれてしまうため、まずは卓越性に影響を与える最も重要な要因を幾つか選定し、それらの要因の相互作用を考えることから研究が始まる。
ハータイの研究論文を読んでいてとても興味深いのは、それらの要因が時間の経過ごとに動的に関係性を変えていき、時にはある要因Aが要因Bに強く影響を与えているのに対し、またある時には要因Aが要因Bに弱く作用していることなどがわかるのだ。
ダイナミックネットワークモデルは、応用数学のダイナミックシステムアプローチの手法を採用しているため、コンピュータープログラムで様々なシミレーションが行える。こうしたシミレーションを実行すると、時間の経過に応じて、複数の要因が動的に関係性を変えながら相互作用していることがわかるのである。
再度結論をまとめると、上記で見てきたように、知性や能力の高度化について、要素還元的な理論モデルと、要素間の動的な相互作用を考慮した理論モデルの二つが近年の卓越性研究に見られるのだ。