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487. 卓越性研究の見取り図


人間の卓越性に影響を与える要因を考える際に、古典的には「資質要因(nature)」と「環境要因(nurture)」に分けることができる。「タレントディベロップメントと卓越性の発達」というコースでは、卓越性研究に優れた功績を残した五人の代表的な研究者を主に取り上げた。

五人の主張を比較してみると、各々異なるポジションに位置づけることができる。簡単に五人の代表的な研究者の主張を取り上げ、それぞれがどのようなポジションに位置付けられるのかを紹介したい。こうすることによって、卓越性研究の多様な観点を比較する形で把握することができると思う。

一人目は、イギリスの遺伝学者フランシス・ゴルトンである。彼は「遺伝学者」という肩書きから察することができるように、資質要因を強く主張した人物である。ゴルトンは、「天賦の才能」というものを認め、それは決して後から獲得されるようなものではない、と述べている。

ゴルトンはチャールズ・ダーウィンを叔父に持ち、ゴルトン自身もIQが200に近く、ダーウィンの子供達も優れた業績を各々の分野で残していることから、才能の家系的継承に関する研究を行っていた。この研究結果をもとにゴルトンは、卓越性は遺伝的なものであるという結論を導き出していったのだ。

それに対して、二人目の代表的研究者であるアルフォンス・ドゥ・カンドールは、環境要因を強く支持している。その主張の根拠として、カンドールは優れた業績を残した科学者を研究対象にし、彼らが特殊な教育的・政治的・文化的・経済的環境で育っていることを明らかにしたのだ。

このように、カンドールとゴルトンはともに、優れた業績を残した人物を研究対象にしながらも、二人のポジションは真逆に位置付けられる。両者のポジションを調停するような主張をしているのが、三人目の代表的研究者であるケイス・シモントンである。

シモントンのポジションは、簡単に述べると、両者の中間に位置する。つまり、資質要因と環境要因のどちらも重要であることを主張したのだ。ただし重要なのは、シモントンはゴルトンやカンドールの主張で見逃されていた点や説明が不十分な点を指摘しながら、資質と環境が重要である理由をさらに深めていったのだ。

資質の重要性に関しては、ゴルトンよりも洗練された手法で遺伝特性にアプローチした実証研究を参照している。特に、主要な認知能力に関して、遺伝の相関係数が0.7以上もある研究を引用しながら、才能の遺伝特性を認めている。

同時に、環境要因についても、家族のバックグラウンドや教育などの社会環境が才能に及ぼす研究を参照し、その重要性を改めて指摘している。シモントンの主張で重要なのは、資質要因と環境要因はそれぞれ独立して機能しているわけではなく、相互に影響を与え合っているということだ。

つまり、資質要因と環境要因は相互に影響を与え合いながら、卓越性を育んでいるということである。例えば、シモントンは、四人目の代表的研究者であるアンダース・エリクソンが指摘するように、熟慮ある実践の重要性を認めている。

熟慮ある実践は、後天的に行うものであるため、環境要因に位置付けられる。いかに優れた才能を持っていたとしても、卓越性というのはある固有の領域で開花するものであるため、領域固有の熟慮ある実践を行うことによって、その才能が開花されていくことになるのだ。

ゆえに、ここでは環境要因が資質に影響を与えていることが見て取れる。逆に、極めて優れた才能の持ち主は、エリクソンが提唱する「10,000時間の法則」の基準よりも少ない実践量で卓越性の境地に到達することが起こり得る。

つまり、その才能が、環境要因である実践量を左右しているのだ。ここからも、資質要因が環境要因に影響を与えていることがわかる。このような論拠を通じて、シモントンは、資質要因と環境要因の相互作用を重視した立場を取っている。

そして、四人目の代表的研究者であるアンダース・エリクソンは、熟慮ある実践を重視したことからわかるように、環境要因に重きを置く立場を取っている。エリクソンの主張で鍵となるのは、領域固有の熟慮ある実践を長く継続させていくことによって初めて、身体機能や認知機能に変化が起こり、卓越性が顕現するという考え方である。

エリクソンは、遺伝要因が重要であるという先行研究を支持しておらず、熟慮ある実践がそうした遺伝特性を乗り越えていくという考え方を持っている。それに対して、五人目の代表的研究者であるフランソワ・ガーニエイは批判を加えている。

ガーニエイは、エリクソンが遺伝特性を蔑ろにしていることを指摘し、資質要因の重要性を認めている。ただし、ガーニエイは独自のモデルを提唱し、環境要因を考慮しながらも、資質要因に少しばかり重点を置いたポジションを取っているのだ。

ガーニエイのモデルは “Differentiated Model of Giftedness and Talent (DMGT)”と呼ばれている。このモデルでは、先天的卓越性(天賦の才能)と後天的卓越性(熟慮ある実践によって発達する能力)を区別した上で、先天的卓越性は後天的卓越性を発現させる「種」であるとみなし、前者の重要性を強調している。

ガーニエイは、先天的卓越性の存在を認め、それらが環境や他者からの支援によって、徐々に後天的卓越性へと形を変えていくと捉えている。結局、ガーニエイのモデルでは、卓越性の種に該当する先天的卓越性がなければ、私たちが卓越性の境地に至ることはないと想定されているため、彼のポジションは資質要因の方に傾いていると言えるだろう。

上記のように、五人の代表的な研究者の主張を分類することによって、卓越性に対する考え方を整理し、大きな見取り図を自分の頭の中で構築することができるのではないかと思う。

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