オランダ語のクラス終了後、クネン教授と取り交わしたスーパーバイザー契約書を心理学科の秘書に提出しようと思い、足早に教室を後にしようとした。すると、イタリア人のファブリツィオと中国人のシェンがオランダ国内の電車のチケットについて話し始めたのに気づいた。
京都大学から交換留学で来た日本人の知人から聞いていたように、フェイスブック上で格安の電車チケットが購入できることを聞いており、彼らはそのシステムについて話をしていたのだ。私はまだ一度もこのシステムを利用したことはなく、少し関心があったので彼らの話に加わってから語学センターを後にしようと思った。
何やらフローニンゲンの駅だとこのチケットを文句無しに受け付けてくれるらしいが、駅によっては——特に駅員が年配の場合——この割引チケットを認めてくれないところもあるらしい。その後、シェンの友人の中国人がオランダの片田舎を訪れた時、アジア人という理由で人種差別とも取れるような経験をした、という話を聞いた。
これは先日とある日本人の方から話を聞くまで知らなかったのだが、オランダにはオランダ語ではなく、フリジア語(Frisian)という言語を話す地域があることを知った。フローニンゲンの街から西へ数十キロ行くとフリジア語の地域に入るそうだ。少し調べると、フリジア語を話すのはフリジア人というオランダ国内の少数民族のようだ。
オランダというとどこでも英語が通じるようなイメージがあるが、やはり田舎の地域へ行けば行くほど土着意識が強く、英語があまり通じない場合や部外者を奇異の目で見るようなことがあるのだろう。フリジア語という言語の特性もそうであるが、フリジア人というのがどのような歴史を持った人種なのかに興味を持ったため、少し調べてみたいと思った。
その後、語学センターを後にすると、ちょうどシェンと進む方角が同じであったため、今学期の残りの期間と来学期の計画について話をしていた。何やらシェンは、十月の末か十一月の初旬にチェコとハンガリーを旅する計画があるとのことである。興味深かったので、どうしてその二国を選んだのかを聞いてみた。
チェコとハンガリーともに街並みが美しい場所が多く、何よりヨーロッパの中でも物価が格段に安いとのことである。確かにプラハの街並みは綺麗だと聞いたことがあるが、チェコにせよハンガリーにせよ私にはそれらの中欧諸国に対する情報がほとんどなかった。
シェンの話を聞くにつれ、チェコやハンガリーに対する興味が湧いてきた。その後、シェンからラトビアとフィンランドを訪れる旅行に誘われた。フィンランドは来年の夏に訪れようと思っていたのだが、ラトビアとはまた珍しい国に着目したものだと思った。
シェン曰く、現在履修しているコースの都合上、彼は今ラトビア語の学習も進めているそうだ。シェンの話を聞きながらバルト三国の一つラトビアにも少し関心を持ったが、現在の仕事量を考えると、長期休暇以外で国外に旅行に出かけるのは厳しいものがある。
だが間違いなく、今の私は日々の生活の中に少しばかり変化を加えようとしているため、三日間か四日間ぐらいであればヨーロッパのどこかの国を訪れるのも悪くないと思った。それぐらい、今の自分は外的な力による変化を求めているようだ。
朗報としては、明日ついに日本から船便で送った書籍群が自宅に届けられる。論文や書籍が新たなに自分の書斎に加わることは、自分にとっては貴重な外的変化である。