フローニンゲン大学でダイナミックシステム理論に関する経験豊富な研究者や実務家から直接教えを受けることに伴い、ただただ嬉しい意味での驚きに包まれている。この一年間の小さな目標は、これまで培ってきた構造的発達心理学の言語体系を一旦手放し、新たな言語体系を内側に構築していくことである。
新たな言語体系というのがまさに、ダイナミックシステム理論である。これまで独学を重ねる中で培ってきたダイナミックシステム理論に関する理解には、極めて重要な視点、非常に重要な理論的枠組みが自分には欠けていたと痛感させられている。
それは「ダイナミックネットワーク理論」と呼ばれるものである。「タレントディベロップメントと創造性発達」のコースを担当するルート・ハータイ教授の共著論文 “A dynamic network model to explain the development of excellent human performance (2016)”を読んだ時、元ハーバード大学教育大学院教授カート・フィッシャーのダイナミックスキル理論に触れた時と同じような斬新さと洞察に驚かされた。
人間の知性や能力の発達に関して、歴史を遡ればジョン・ロックやジャン=ジャック・ルソー、あるいはそれ以前の思想家が、「氏か育ち」かという切り口から論争を繰り広げてきた。
科学的な研究では、1869年にイギリスの遺伝学者フランシス・ゴルトンが遺伝特性の重要性を指摘した研究成果を発表し、時を同じくして、スイスの植物学者アルフォンス・ドゥ・カンドールが教育などの環境的要因の重要性を指摘した研究成果を残している。そして、構造的発達心理学者でおなじみのロバート・キーガンも、「課題と支援」の重要性を強調しており、これはどちらかというと環境要因の重要性に該当するだろう。
さらに近年では、三つ目の視点として思慮に満ちた実践を長く継続させることの重要性に関する研究成果を、スイスの心理学者アンダース・エリクソンが発表している——アンダース・エリクソンの研究成果は「一万時間の法則」として有名であり、彼の研究成果をジャーナリストのマルコム・グラッドウェルなどがよく引用していることでも知られる。
これまでの私は、それら三つの要因が知性や能力の発達を促すものだと思い込んでいたし、それら三つの視点を用いて説明すればほぼ網羅的に発達要因について説明できるかのような感覚に包まれていた。しかし、ある時から、何か釈然としないものを感じていたのだ。
ルートの論文を読んで考えさせられたのは、それら三つの視点は、結局のところ、知性や能力が発達するための多様な要素を列挙しているだけにとどまり、私が漠然と思っていたそれら三つの要素の動的な相互関係を明らかにするものでないのではないか、と思ったのである。
要するに、これまで信奉されてきた上記三つの要素が依然として知性や能力の発達に重要な役割を果たすことに変わりはないのだが、複雑性科学を取り入れつつある最新の発達科学の研究領域では、発達に影響を与える要素を抽出することに留まらず、それらの要素がどのような関係を通じて相互的な影響を与えているのか、つまり、動的かつ複雑なネットワーク関係に焦点を当てた研究が着目され始めているのである。
この研究領域は、個人と組織の発達に関する非常に重要な点に着目していると思うのだ。個人と組織の発達を支援するときに、これまでの私は「要素中心的」なアプローチを採用していたように思う。つまり、発達のトリガーとなる要素を特定し、その要素に働きかけるようなアプローチの仕方である。
しかしながら、この論文を読んで考えさせられたのは、「関係中心的」なアプローチの大切さである。要するに、個別の要素に着目するというよりも、複数の要素が生み出す動的かつ複雑なネットワークに着目し、要素に働きかけるというよりも、要素で構成されるネットワークに対して働きかけるアプローチの重要性に気付かされたのだ。
アメリカの思想家ケン・ウィルバーが提唱したインテグラル理論をこれまで何年にもわたって学びを深めてきたにもかかわらず、ウィルバーが警鐘を鳴らす要素還元的なアプローチで個人と組織の発達を捉えていたこれまでの自分を反省せざるをえない瞬間に立ち会うことができたのだ。
発達に影響を与える数々の要因が生み出す動的かつ複雑なネットワーク関係の生成メカニズムに焦点を当てる「ダイナミックネットワーク理論」は、発達研究においても、個人と組織の発達を支援する実務の世界においても、見逃すことのできない洞察を提供してくれると思っている。