正直なところ、この数年間を振り返ってみると、私はひどく閉じた世界の中で探究活動を行っており、他者から何か刺激や促進を得ることに対してそれほど積極的ではなかったと思われる。
この背景にはもしかすると、年齢を重ね、さらには自分の専門性を徐々に確立していくと、それが自己を閉鎖系のシステムにしかねない、という可能性があると思わされた。今の私に要求されているのは、再び自己を開放系のシステムにすることなのかもしれない。
人間の知性や能力は本来開放系のシステムだと思うが、自分の専門性を高めることだけに躍起になっていると、いつの間にやら自己が閉鎖系のシステムに変化してしまい、世間一般によく言われるような、他の専門領域を行き来して共同作業のできない不自由な専門家になり果ててしまうだろう。
おそらくフローニンゲン大学に私を導いた存在は、私自身をもう一度ここで大いに開放させることを内側から促しているのだと思う。
自己を再び開放系システムにすることの一環として、今日は午後から、先日の奨学金授与セレモニーで知り合った元JALのCAであるタイ人のアイとキャンパス内のカフェで色々と話をしていた。JALのCAから国際法の修士課程に至った経緯に関心があり、公共国際法という彼女の専門領域についても関心があった。
挨拶もそこそこに会話はまず、曜日は違うがお互いに履修しているオランダ語のクラスについて話題となった。
私:「オランダ語のクラス、どう?」
アイ:「そっちはどう?(笑)」
私:「やっぱり、難しいよね(笑)。特に発音の仕方がまだイマイチ呑み込めてないかな〜。」
アイ:「うん、同じね。週二回のオランダ語のクラスを除くと、専門のクラスが三つもあるから色々と大変で・・・。」
私:「えっ、専門のクラスを三つも履修してるの?僕は今学期は一つだよ。しかも来週からようやくスタート(笑)。」
アイ:「それは楽ね〜(笑)。私ね、このプログラムを修了したら、デン・ハーグの国際司法裁判所でインターンをしようと思ってるの。」
私:「おぉ、国際司法裁判所?そこは10歳から高校卒業時まで働きたいと思ってた場所だよ!」
アイ:「10歳の時?早すぎね(笑)。いずれにせよ、国際司法裁判所で働くにはどうも英語とフランス語が必要みたいで、フランス語も学ぶ必要があるのよ・・・。」
私:「そうなんだ・・・。フランス語も必要なんだ・・・。今学期、オランダ語のクラスを含めると合計五つのクラスがあるわけでしょ?そこにフランス語はきついよね。」
アイ:「うん。だからまた来学期・・・来学期も専門のクラスが三つあるから(笑)、フランス語は次のセメスターにしようと思ってるの。そういえば、初めて会った時にも思ってたんだけど、ヨウヘイは日本人っぽくないよね。」
私:「ん?顔?」
アイ:「顔じゃない(笑)。一つには、英語の発音ね。日本人独特の訛りがない感じがする。」
私:「本当?今もまだ少しあると思うけど、四年間の米国生活でだいぶ訛りが抜けてきたのかもしれない。五年前は本当に酷かったよ(笑)。アイの英語も訛りが全くと言っていいほどないよね?」
アイ:「私も米国で生活をしていたことがあって。高校生の時に一年間ほど。四年間も米国にいたのね。どうりであの日本人独特の・・・、なんて言ったらいいの・・・あの感じの発音じゃない・・・」
私:「何が言いたいか分かるよ(笑)」
アイ:「わかるでしょ(笑)。あと、CAの時に多くの日本人乗客と会ってきたけど、話の受け答えが全然違うわね。ちゃんと目を見て話すし、先日も気づいたけど、人に譲るような心のゆとりを持ってるよね〜。そのあたりに西洋化されているのを感じたわ。」
私:「ありがとう。昨年一年間東京にいたから、人に譲る心を忘れ、せっかちな感じに戻りつつあったけど(笑)」
このようなたわいのない会話をした後、アイの専門分野である公共国際法を含め、彼女が所属しているプログラムについて色々と話を聞いた。彼女のプログラムも私のプログラムと同様に総勢18名ほどらしく、非常に知的な同僚たちに囲まれて少し焦りを感じている、ということを彼女から聞いた。
彼女はタイで法学学士を取得しており、その時にあまりにも法律漬けになったため、人と関わるCAの仕事を選んだそうだ。
CAとして勤務をしている時に、機内で人命救助をするという滅多に遭遇しない経験をし、その経験がきっかけとなり、人を救うということ、再び法律の観点から人を支援するということに関心を持ったためこの大学に来たのだ、ということを教えてくれた。彼女のストーリーと自分のストーリーはどこか共通するものが少なからずある、と思わされた。
また彼女が感じていると述べた焦りに関しても、私も久しぶりに他者を見てもっと勉強しなければならないと感じる日々を送っている。基本的に成人を迎えてから、他者を比較基準として学習を進めることなどこれまでほとんどなかったのだが、他者を見て「このままではまずい」という若々しくもあり、学習に私を駆り立てる激しいエネルギーが伴った、あの懐かしい感情が自分の中に湧き上がっているのを感じるのだ。
もしかしたら、いつまでも学び続けようとする人には、この種の青々とした溌剌なエネルギーが流れており、それがどこか若さを保つような、いやより正確には、生命力をより高めることにつながっているように思えるのだ。
アイとの一時間半ほどの談笑を終え、自宅に帰る道すがら、明日から週末を迎えることに気づき、学術論文と専門書を読み耽ることのできる贅沢な時間がやってくることを思うと、至福さを抑えることが難しかった。閉鎖系システムから開放系システムへと自己変容することを支援してくれる友人の存在に対してとても感謝している。