フローニンゲンの街はすっかりと秋らしくなり、私たちが秋という季節の中にいることを実感させてくれるあの柔らかなクリーム色の太陽光が日中の間降り注いでいる。太陽が沈むと、秋独特の静けさが世界に染み渡っていく。
今、窓の外に見えるのは、秋の夜空に浮かぶ三日月である。遥か彼方に浮かぶこの三日月は、自分がこれから遠い世界へ向かっていくことを密かに暗示しているように思えた。そのようなことを思いながら、今日の日中の出来事を振り返りたい。
今日はついに「タレントディベロップメントと創造性発達プログラム」のメンバーと顔合わせをする機会があった。プログラム長のルートから招待メールが届き、一年間のプログラムの流れや修士論文の作成に関する情報を共有する説明会に参加し、その後、親睦会を兼ねたランチミーティングに参加してきた。
説明会は自宅から徒歩15分の心理学科・社会学科・教育学科のメインキャンパスの一室で行われた。教授たちの研究室を横切る形で教室に向かっていると、廊下の壁には多様な絵画作品が飾られていることに気づいた。
これは大学内の他の建物でもそうであり、行き道に見た家々の中にも大抵何かしらの絵画作品が飾られている。アートとオランダ文化は切っても切れない関係にあるらしい。
説明会の会場に到着すると、これから学びを共にする同僚たちの姿を見ることができた。ここには総勢18名の修士課程の学生と数名の博士課程の学生、それからこのプログラムを主導していく何名かの教授たちが集まっていた。
教室の最前列の左端に席を確保した私は早速、これから説明役を務めるプログラム長のルートに挨拶をしに行った。
私:「やぁ、ルート。久しぶり!元気?」
ルート:「おぉ、ヨウヘイ、久しぶり!うん、元気だよ。いつ頃オランダに来たの?」
私:「八月の頭だよ。そこからドイツ、スイス、フランスに旅行に出かけ、随分とヨーロッパに慣れてきたと思う(笑)」
ルート:「それはいい。今のところ、どう?クラスの履修の仕方や各種の施設の使い方などの情報はちゃんと行き届いてる?」
私:「うん、大丈夫だね。必要な情報は全てメールでみんなに届いていると思うよ。」
ルート:「不自由なく全て順調のようでよかったよ。」
このような簡単なやり取りの後、ルートによる説明会が始まった。「タレントディベロップメントと創造性発達プログラム」というのは、(1)発達心理学科(2)産業組織心理学科(3)心理統計学科という三つの学科を横断する形でプログラムが構成されている。
構造的発達心理学、企業組織の人財育成や成人教育、各種アセスメントについて関心のある私にとって、これら三つの学科を横断する形で複合的にそれらの関心事項の理解を深められるのはとても有り難い。実際に、この一年間の私のカリキュラムはそれら三つの学科のコースで構成されている。自分で組み立てたカリキュラムに従って、人と組織の発達に関する理論と実践手法に磨きをかけていきたいと改めて強く思った。
再度ルートから、各学期に提供される数々のコースの概要について説明があり、一年間で履修することが義務付けられている60単位の配分について説明があった。そこからさらに、一年間の中で最重要な課題である修士論文について説明があった。フローニンゲン大学は世界各国の大学と連携しており、特に欧州各国の大学との連携が密であるため、留学を奨励している。
なんとわずか一年間のこのプログラムでも留学が推奨されているので驚きである。私の場合は、とにかくフローニンゲン大学でダイナミックシステムアプローチを習得することに主眼があるので、プログラムの中で数ヶ月間欧州の他の国へ留学するというのは現実的ではない——もちろん、それはそれで学びが多そうであるが。
説明が終わった後、メンバー全員でランチ会場に向かった。学内のこのカフェテリアは、実は前々から着目していた場所であった。というのも、大学のメインの建物にあるカフェテリアや語学センターのある建物のカフェテリアはスペースも広く立派なのだが、よりこじんまりと静かにランチを楽しむには、今日のランチ会場である隠れ家的なこのカフェテリアが好ましいと思っていたのだ。
学生のみならず教授陣を含めると総勢25名ぐらいのメンバーがいくつかのグループに分かれ、ランチをとることになった。二時間ぐらいのランチミーティングの最中、面白い話が豊富に出てきたのだが、この瞬間に印象に残っていることを書き留めておきたい。
私がランチを一緒にしたのは、プログラム長のルート、フローニンゲン大学の哲学科を修了してから先日まで六ヶ月間ほどアジアを放浪していたオランダ人のジャーノ、フローニンゲンから三時間の距離にあるライデン(画家のレンブラントが生誕した街)から通っているとうオランダ人のハンナ、ドイツのテレビ局に勤めていたドイツ人のジェレミー、インドネシアの銀行に勤めていたインドネシア人のタタである。
タタ:「そういえば、結局このプログラムには何名の修士課程の学生が在籍することになったの?」
ルート:「総勢18名かな。」
私:「そのうち留学生は?見たところ、タタと僕しかアジア系はいなそうだよね?」
ルート:「そうだね、アジア系はヨウヘイとタタだけかな。あとは、ドイツから2名とポルトガルから1名という構成かな。」
ハンナ:「そうそう、私がインターネットで検索した時に、タレントディベロップメントと創造性に関して学べるプログラムが世界にここしかなかったのよね。だから今ここにいるわけだけど(笑)」
私:「そうなんだよね、ここしかないんだよね。そういう意味で感謝してるよ〜、ルート(ルートの肩を叩く)。このプログラムの創設者かつコーディネーターとしてね。」
ルート:「ありがとう(照れ笑いを浮かべる)。ただ、まだマーケティングがうまくいってなくて欧州各国でも認知度が低いんだよね。タレントディベロップメントと創造性に関しては、近年、スポーツ、企業社会、教育等を含めて色んな分野で着目されているんだけどね。」
ジャーノ:「そうだよね、タレントディベロップメントと創造性というのは色んな分野でホットなテーマだよね。『マーケティングがうまくいってない』って言ってたけど、このプログラムにどれくらいの応募があったの?」
ルート:「う〜ん、100人ぐらいかな・・・。そのうち、80名ぐらいは不合格になってしまったけど。」
ジェレミー:「結構応募あるじゃん!80名も落とされたの?」
ルート:「うん、選考過程の最初でそもそも統計学の理解が十分にあるかどうかで、そこで一気に絞り込まれるようになっているみたいなんだよね。ヨウヘイも昨年はそうだったでしょ?」
私:「うん、そうだね。昨年の不合格の理由はまさに統計学の知識の有無だったね。まさか80名近くが不合格になっているとは知らなかったよ・・・。ところでルート、ここに座れば?(笑)」(他の全員がテーブル席に座る中、一人だけ立って話をしていたルートへの提案に対して一同爆笑)
ルート:「ありがとう(笑)。そう考えるとこのプログラムへの応募は結構あったことになるかな。まぁ、これから徐々にマーケティングにも力を入れていくよ。今、オランダ国内と欧州各国の大学からこの分野の優秀な教授陣をリクルートすることにもより力を入れていこうと思ってるんだ。」
ジェレミー:「そういえば、さっき、ドイツから来た留学生が他にもいると言っていたけど、どの人?」
私:「そう、それは自分の質問でもある。それに追加で、オランダ人がどのようにオランダ人とドイツ人を見分けているのかについても教えて欲しいな。」
ジャーノ:「それ得意だよ!顔の雰囲気から80%の確率で当てることができると思う。」
ハンナ:「そういえば、ジャーノの顔はイギリス人っぽくない?ほっぺの感じとか(笑)」
タタ:「うん、そう思う(笑)」
私:「うん、そう思う。英語はイギリス英語ではなくアメリカ英語に近いけど(笑)」
ジャーノ:「イギリス人っぽい?そうかもね・・・。一応、生粋のオランダ人だけど(笑)。」
ルート:「あのテーブルにドイツ人が二人いるよ。一人は修士課程の学生でもう一人は博士課程の学生だね。さぁ、どの人でしょうか?(笑)」
ジャーノ:「一人目は簡単だな〜。あの青いシャツの男性でしょ。」
ルート:「正解!」(一同拍手)
ジャーノ:「次は、その横の女性でしょ。」
ルート:「残念!」
ジャーノ:「じゃあ、その横の横の横の女性!」
ルート:「残念!」
ジャーノ:「やばい、80%を切った・・・(苦笑)。あぁ、その女性の横の男性だ!」
ルート:「残念〜!」
一同:「全然外れてるじゃん、ジャーノ!」
終始和やかな会話を楽しみ、あれよあれよと言う間に二時間が過ぎていた。五年半前に初めて米国に渡った時は、このような会話を楽しむ余裕など全くなく、こうした場に自分がいることが苦痛で仕方なかったが、今このように穏やかな心を持ちながら他者と対話をしている自分が不思議であった。そこにこの五年間で自分の身に起こった変化の軌跡を見た気がした。
カフェテリアを後にし、自宅に戻る最中に通り抜けた公園は、どこか次の季節の到来を告げているような雰囲気を漂わせていた。この一年間のプログラムを通じての自分の変化を先取りするような、変化の兆しをそこに見て取ることができたように思えた。2016/9/7