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346. オランダでの初めての友人たち


(奨学金授与のセレモニーが催された会場)

今日は午前10時から開催される奨学金授与のセレモニーに参加してきた。2016年度の留学生の入学者は2300人ほどであり、全ての学生がこの奨学金に応募したわけではないが、大変ありがたいことに約20名の奨学生の一人に選出していただけた。

この奨学金は、オランダの文部科学省から支給された返済義務のないものであり、一年間分ぐらいの生活費が賄えるのでとても有り難い。この奨学金授与のためのセレモニーが “Academy Building”というフローニンゲン大学を象徴する建物の一室で開催された。

セレモニー会場に着いてみると、そこは写真でしか見たことがなかった重要な式典の際に用いられる非常に厳粛な部屋であった。以前から足を踏み入れてみたいと思っていた部屋だっただけに、感慨もひとしおであった。

セレモニーの五分前に会場に到着すると、大半の参加者がすでにその場にいた。そしてこの奨学金を取りまとめている女性の方が、その場にいる参加者にフローニンゲンの街や大学の歴史について小話をしていた。

本当はもう少しゆっくりとこの部屋の雰囲気を味わい、両壁に掛かった過去の偉大な教授陣たちの絵画写真を拝見したかったのだが、そうした余裕はなく、この部屋が醸し出す何とも言えない厳粛な雰囲気の中に私は取り込まれていったのだった。

この時がやって来るのは実に長かった。こうした学術的な雰囲気の中に身を置いて、自分の仕事に打ち込む日が来ることを首を長くして待っていたのだ。そうした厳粛な雰囲気と自分の呼吸が調和し始めた時、フローニンゲン大学での本格的な学術探究がようやく始動し出すことを感じた。

その女性の話がひと段落したところで、奨学金の授与証書を付与してくださる教授から挨拶があった。それは私たち奨学生のこれからの学術生活の門出を祝う激励の言葉でもあり、奨学金を付与された留学生の代表として学術探究に克己して励み、その知見を社会に還元するように私たちを後押しするような力強い言葉でもあった。

そして、一人一人の名前が読み上げられ、この教授から授与証書を一人一人手渡され、一人ずつの記念撮影が行われた。読み上げられる一人一人の名前を全て聞いたところでわかったのは、日本人は私しかいないようであり、その他のアジア諸国から来た人は7名ぐらいのようだった。残るは他のヨーロッパ諸国から来たと思われるような人たちばかりであった。

この教授から全員に対して「いつ頃フローニンゲンに来たのか?」という質問があった時、驚くことに、たいていの人が「昨日」や「数日前」と答えていた。そして隣に座っていた小柄な男性はなんと、「数時間前」と答えていたのだ。私が最初の数日間に経験したようなことがここにいる人たちには起こらず、全員の生活が円滑に開始されることを願うばかりである。

証書の授与が終わった後、一旦建物の外へ出て、メインの建物を背景にする形で今度は全員での記念撮影が行われた。記念撮影が終わった直後、私の背後から私に向かって懐かしい言葉が届けられた。

見知らぬ女子学生:「コンニチハ!(日本語)

:「えっ?(英語)

見知らぬ女子学生:「コンニチハ!日本人の方ですか?(日本語)

:「はい(英語)。そうです(日本語)。どうしてわかったんですか?(英語)

見知らぬ女子学生:「え〜っと(以下、英語)・・・

:「もしかして、授与式で読み上げられた名前からですか?

見知らぬ女子学生:「ええ、そうです。名前から(笑)

:「そうでしたか(笑)。どちらの国のご出身ですか?

見知らぬ女子学生:「タイから来ました!私の名前はアイです。

:「タイからですか〜、僕の名前は洋平です。ちなみにどこで日本語を覚えたのですか?

アイ:「実は二年間ほどJALで客室乗務員として働いていたんです。

:「おぉ、JALで働いていたんですか〜。

アイ:「ええ、そうなんです。どのプログラムに在籍しているんですか?

:「心理学の修士課程です。アイさんは?

アイ:「私は国際法の修士課程です。

:「そうなんですね〜、JALのCAから国際法へのキャリアチェンジというのは珍しいように思うのですが、どんなきっかけでここへ?あっ、何やら次の場所に行かないといけないみたいですね。是非またゆっくり話を聞かせてください。

アイ:「ええ、是非♫ Line使ってますか?

:「え〜と、使っていると言えば使っているような(笑)

アイ:「良かったら連絡先を交換してください。

:「ええ、もちろん。このアプリですよね?

アイ:「えっ、登録されてる友人が一人しかいないじゃないですか!(笑)

:「はは(苦笑)。コミュニケーションツールは極力Emailだけにしようと思っていて・・・。それと、以前使っていたLineのアカウントのパスワードを忘れてしまい、これが先週念のため新しく作った三つ目のアカウントです(笑)

アイ:「面白い(笑)。

そのようなやり取りがなされた後、タイから来たアイという留学生はオランダでの私の初めての友人となり、Lineでの記念すべき二人目の友人となった。こうしてフローニンゲン大学で初めての知人が誕生したところで、再度取りまとめの女性がこのメインの建物の各部屋を案内してくれた。

様々な部屋を案内してもらった後に、とりわけ私がもう一度入ってみたいと思ったのは、壮麗なステンドグラスで飾られた一室である。

この部屋は、博士号取得予定者の最終口頭試験や国内・国外の著名な学者による講演が行われる場所である、ということを聞いた。特にこの部屋は美術的な観点からもっと時間をかけて見るべき箇所が沢山あると判断したため、後日改めて足を運んでみたい。

一通り建物の案内が終わったところで、一階のカフェテリアに全員が招待され、そこでコーヒーとケーキをいただいた。各部屋の案内を全て聞いた後、印象に残った話や自分の気持ちなどをメモに残していたため、カフェテリアに入るのは私が一番最後であった。

すると列の最後尾に、「到着したのは数時間前」と先ほど言っていた小柄な男性が立っていた。外見から察するにヒスパニックのようであった。

:「こんにちは。

ヒスパニック系の男性:「こんにちは。どこから来たんですか?

:「日本からです。あなたは?

ヒスパニック系の男性:「僕はキューバです。

:「おぉ、キューバから来られたんですね。専攻は何ですか?

ヒスパニック系の男性:「哲学です。

:「哲学!!!!!!!

キューバ人の男子学生:「どうかされましたか(驚笑)

:「いや〜、フローニンゲン大学に来る前から決めていたことがあって、『哲学科に在籍している学生と絶対に友人になるぞ』と誓いを立てていたんです(笑)。

キューバ人の男子学生:「そうだったんですね(笑)。あなたの専攻は?

:「厳密には知性発達科学ですが、特に心理学です。同時に、認識論(epistemology)や心の哲学(philosophy of mind)にも以前から関心があったんです。哲学領域の中でも特に何を専門としているんですか?

キューバ人の男子学生:「まさに認識論や心の哲学です。それと言語哲学です。あと、キューバで哲学史について教えていました。

:「素晴らしい!!あっ、まだ名前を名乗っていませんでしたね。 “Yohei"です。

キューバ人の男子学生:「Yo…すいません、もう一度教えてくれますか?

:「あぁ、Yoheiです。こうすると覚えやすいと思います(ノートに文字を書きながら)。 "Yohei≒Yo!Hey!”です(笑)

キューバ人の男子学生:「それはいい(笑)。すぐに覚えられますね。僕の名前はシーサーです。

:「シーサーの綴りは・・・古代ローマ帝国の皇帝の名前と同じですか?

シーサー:「ええ、同じです。まさか皇帝の名前が引き合いに出されるとは思ってもみませんでしたが(笑)

:「シーサーと聞いてとっさに出てきたのがローマ帝国の皇帝の名前だったもので(笑)。それではあちらの席に着いてから、じっくり話し合いましょう。

シーサーとの出会いは私にとってこれ以上もないぐらいに嬉しいものであった。上記のやり取りの中でも出てきたように、私は前々から自分の探究内容をここから先さらに深めていくためには、哲学と真剣に向き合わなければならないと思っていたのだ。

実際に昨年の日本滞在中において、自分の専門分野の書籍や論文にはほとんど目を通さず、哲学書ばかりを読んでいたように思う。自分の探究内容をこれから時間をかけてゆっくりと深めていこうと思った時に、探究内容に含まれる諸々の概念一つ一つを自分の中で定義付けていきたいと思っていたし、何より研究の中で私が突き当る問題は往々にして哲学が扱うテーマばかりであったのだ。

そのため、私の今後の研究を技術的というよりも思想的に支える基盤のようなものを構築していくために、昨年は哲学書と向き合うことが多かったのだ。しかし、哲学に関する専門的なトレーニングを受けたことがない私にとって、自分一人で哲学的な探究を進めていくことの限界が見えており、共に学び合うような仲間が不可欠であると思っていたのである。

フローニンゲン大学では二年間の内に二つの修士号を取得する予定だが、フローニンゲン大学に合計で三年間滞在し、ここでの三つ目の修士号は哲学にするのもありだな、とつい昨日も考えていたほどであった。

全ての学問領域や実務領域の下支えをする哲学の重要性に気付かされ、哲学に関する正規のトレーニングを積みたいと思っていたのだ。仮にそれができなくても、フローニゲン大学の哲学科の学生と親交を持ちたいと思っていたのだ。

こうした思いを持っていたため、シーサーとの出会いは私にとって掛け替えのないものだったのである。その後、一時間以上にわたってシーサーと哲学全般に関する意見交換ができたのは私にとって至福であった。

興奮を抑えながら会話を進めることは至難の技であり、終始興奮を伴わせながらシーサーに無数の質問を浴びせていた。それでも、先ほどこの国に到着したばかりのシーサーは全ての質問に誠実に答えてくれたのである。キューバからやってきたシーサーという小柄な男性は、フローニンゲンでの私にとって二人目の大切な友人となった。

そういえば、先ほど知り合いになったタイ人のアイはセレモニーの最中に偶然にも私の前の椅子に座っていた。そして、シーサーは私の横に座っていた。これはまた何か意味のある偶然かもしれない。2016/8/30

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