今日の午前中は、論文アドバイザーを務めてくださるサスキア・クネン先生の “A self-organizational approach to identity and emotions: An overview and implications”という論文と、ダイナミックシステム理論を心理学研究に適用した先駆者の一人であるポール・ヴァン・ギアートの “Fish, foxes, and talking in the classroom: Introducing dynamic systems concepts and approaches”という論文を読んでいた。
どちらの論文もこれまでに数回目を通しているのだが、芸術作品や風景を鑑賞するのと同様に、読むたびごとに新たな発見がある。私は人間の知性や能力の発達プロセスを研究するために、フローニンゲン大学で応用数学のモデリング手法を活用することに従事している。
こうした話を他の分野の方にすると、人間の知性や能力の発達プロセスは非常に複雑で変数も多く、一つの数式などで記述できないのではないか、という指摘を大抵受ける。これはごもっともな指摘であり、確かに知性や能力の発達には無数の変数が絡み、その発達プロセスは実に複雑である。
しかしそうであるからこそ、ダイナミックシステム理論を用いた手法が効果的なのだ。より具体的には、私たちの知性や能力というのは動的なシステムとして機能しており、その挙動を決定しているのは実のところ、少数の変数間の関係性であることが多いのだ。
つまり、複雑な発達現象は、ごくわずかな要因の複雑な相互作用によって生み出されている可能性が高いということなのである。またこれはどのような科学的なモデルにも当てはまるが、無数の変数を全て勘案したモデルなど存在しないのだ。それが理論モデルにせよ数式モデルにせよ、対象とする現象の変化を決定づける重要な要因のみを抽出し、その要因間の関係性をモデルとして表現するのである。
例えば、去年から今年にかけての外国語の活用能力の発達を明らかにするときに、昨年一年間に消費した食べ物の種類やカロリー数を勘案することはないだろうし、金融市場の株価の動向を勘案することも基本的にはないのだ——それらの変数が微少に外国語の活用能力の発達に影響を与えていたとしても。
それゆえに、複雑なシステムの発達プロセスを数式モデルで表現する際に重要になるのは、そのシステムの挙動を左右する最も重要な変数は何なのかを明らかにし、それらに絞って数式モデルを組み立てることなのだ。システムの運動に決定的な影響を及ぼす要因に絞ることによって、非常にシンプルな数式モデルを組み立てることが可能になるのである。
さらに、動的なシステムの挙動を数式モデルで表現する際に気をつけなければならないのは、システムというものが特定の文脈の中で運動し、システムを構成する要素はその文脈の中で特定の相互作用を行っているということである。要するに、動的なシステムの発達プロセスを明らかにするためには、探究対象となるシステムが属している文脈は何なのかを自分で定義しなければならないのだ。
動的なシステムが立脚する文脈を定義することを怠った時、その研究は失敗に終わるということをクネンの論文は警告している。変化を生み出す重要な変数は何であり、それらの相互作用を生み出している文脈が何なのかを特定することは、発達科学者のみならず、サイコセラピストやコーチなどの対人支援者、教育者、経営コンサルタントなどの、変化を扱う仕事に従事している全ての人にとって重要だと思うのだ。