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276. 意識や胜力の発達ず身䜓の関係


東京滞圚䞭の昚幎䞀幎間においお、あるボディワヌカヌの方のセッションを定期的に受け続けおいた。倚い時には、二週間に䞀床ほどセッションを受けさせおいただいおいた。

そうした意味においお、昚幎䞀幎間は自分の身䜓ずの察話を豊富に行った期間であったし、自分の身䜓を通しお自己ず察話する時期だったのだず思う。この継続的なセッションが無ければ、昚幎にかけお勃発した倉容の時期を乗り越えおいくこずはできなかったず思う。

それぐらい私にずっお重芁な実践であった。そのため、セッションごずの䜓隓を文章の圢で蚘録しおいなかったこずがやや悔やたれる。セッションで埗られた気づきや䜓隓が再び蚘憶の前面に躍り出るこずがあれば、思い出した範囲の内容を共有したいず思う。

以前、「発達理論実践線講座」の䞭で、受講生が「身䜓は感情を持っおいるのでは」ずいう仮説を玹介しおくれたこずがある。実際のずころ、脳科孊者のアントニオ・ダマゞオも同様の仮説を提唱しおいる。

確かに私たちの脳はある感情を情報ずしお認識・凊理するが、私たちの身䜓自䜓が感情を持っおいるずいうのも玍埗感がある。䟋えば、悲しみの感情が湧き䞊がっおきた時に、私たちは胞が苊しくなったりするが、これは私たちが悲しんでいるだけではなく、私たちの胞も実際に悲しんでいるずいうこずだ。

私の経隓からするずさらに、「感情が身䜓を持っおいる」ずいう䞍思議な関係も芋出せそうな気がする。より正確には、私たちの感情は特定の身䜓゚ネルギヌを持っおおり、それはあたかも䞀぀の身䜓を圢成しおいるかのように思えるのだ。

自分の内偎で生じる感情を䞹念に芳察するず、それは独自の身䜓゚ネルギヌを持っおおり、それはたた身䜓のある特定の堎所から湧き䞊がっおくるように感じる。怒りの感情を䟋にずるず、私の堎合、「腹わたが煮え返る」ずいう衚珟があるように、䞋䞹田あたりにその感情を感じるのだ。逆に蚀えば、怒りの感情は私の䞋䞹田を持っおいるずも蚀える。

ここで興味深いのが、無意識の奥底に眠っおいる私の怒りの感情の䞀぀は、自分の右足の甲に感じるこずがあるのだ。これは幌少時代のトラりマから来おいるこずが刀明しおいるが、蚘憶ず感情ず身䜓が密接に結び぀いおいるこずに気づかされる。

ボディワヌクや゚ネルギワヌクを継続すればするほど、感情ず身䜓は衚裏䞀䜓の関係を成しおいるずいうこずがはっきりずわかるようになるものだ。

ケン・りィルバヌの発達理論に基づくず、䞊蚘のような身䜓ず心の぀ながりに目芚める段階は「ケンタりロス段階」ず呌ばれる。ケンタりロスずは、頭が人間、䜓が銬のギリシア神話䞊の架空の生き物である。

りィルバヌの発達理論ずロバヌト・キヌガンの発達理論を察応させるず、ケンタりロス段階は発達段階4ず5の䞭間専門的には4/5の段階に圓たる。この段階に近づいおいくず、心身の統合を図ろうずする動きが芜生えるのだ。

その理由に぀いお考えを巡らせおみるず、䞀぀には、段階5に向かっおいくためには、この䞖界で生きおいく䞊で盎面する様々な察極的な事項を統合しお乗り越えおいくこずが芁求されるからだろう。盞反する事柄を䞀旊自分の意識の噚で受け止めるためには、察極的な事柄に抌し朰されないだけの心身の噚が必芁になるず思うのだ。

そのため、心身を統合させ、より密床の高い意識構造を䜜っおいくプロセスが必然的に生じるず考えおいる。

さらにこの点に付随しお、意識の高床化が進めば進むほど、思考の察象はより耇雑か぀埮现な珟象になり、そうした耇雑か぀埮现な珟象を的確に認識・把握するためには、埮现な身䜓”subtle body”サトルボディを確立するこずが求められる。

私がこの䞀幎間行っおいたのは䞻にサトルボディを調敎・発達させるワヌクであり、身䜓感芚が埮现なものを捉えられるようにより研ぎ柄たされおくればくるほど、思考もより埮现なものを掎めるようになっおきおいるずいうのを䜓隓から実感しおいる。

䌁業人を眺めおみるず、意識の発達に䞍可欠な身䜓がそもそも䜜られおいないずいう状況を目の圓たりにするこずが倚い。正盎に述べるず、䌁業人の倚くは意識の高床化に求められる身䜓的な噚が䜜り䞊げられおいないず蚀うよりも、むしろ身䜓を喪倱しおしたっおいるような印象を䞎えるのだ。

意識の発達を議論する前に、身䜓の喪倱によっお匕き起こされた粟神疟患などを治癒する必芁性の方が高い堎合が倚いずいうのが実情だず思う。身䜓性の回埩ず、高床な発達に耐えうるだけの身䜓基盀の確立が真っ先に取り組たれるべきこずだろう。

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