複雑性科学に多大な貢献を残した化学者かつ物理学者でもあったイリヤ・プリゴジンは「散逸構造」という概念を提唱した。この概念を発達科学の観点から捉え直すと、発達現象に関してまた新しい洞察を付け加えてくれる。
人間の発達という文脈において、「散逸」とはどのような意味を持つのかというと、私たちの精神は絶えず運動をしており、その運動エネルギーが、何かしらの抵抗に着面し、エネルギーが別種のものに変化する現象のことを指すと考えている。
散逸という現象を説明する際に、物理学においてよく用いられる例は、運動エネルギーが摩擦によって熱エネルギーに変化したり、電気エネルギーが電気抵抗によって熱エネルギーに変化する現象が挙げられる。
重要なポイントは、散逸現象が生じることによって、これまで保持されていた秩序が自発的に崩壊し、構造が形成されることがあるのだ。このようにして形成された構造のことを「散逸構造」と呼ぶ。
まさに人間の発達においても、現在の段階が持つ秩序が自発的に崩壊し、新たな構造が生み出されるという点において、人間の発達プロセスの中に散逸構造の形成を見つけることができるだろう。
私たちが意図的に散逸構造を生み出すというよりも、それは精神の運動エネルギーが散逸していくことによって自発的に形成される動的な秩序構造なのだ。エネルギーが散逸していく流れの中に、自己組織化しながら発生する秩序構造と言っていいかもしれない。
散逸構造の形成プロセスとそのメカニズムも確かに興味深いが、ここではあえて他の観点に着目したい。それは、散逸構造が形成されるそもそもの前提条件である。
人間の発達において、精神エネルギーが絶えず運動していることは確かに重要である。しかし、絶え間ない運動だけでは構造的な発達は起こらないのだ。構造的な発達が起こるためには、精神の運動エネルギーを別種のものに変化させる「抵抗」が必要なのである。
冒頭で言及したように、物理学の世界において、運動エネルギーが熱エネルギーに変化するためには摩擦という抵抗が必要であり、電気エネルギーが熱エネルギーに変化するためには電気抵抗が必要なのだ。
これは人間の発達においても当てはまる。つまり、精神エネルギーの流れに亀裂を入れるような、エネルギーの秩序状態に混沌をもたらすような抵抗が発達には必要なのだ。そうした抵抗があって初めて、散逸現象が起こり、秩序が自発的に崩壊し、新たな構造が創出されていくのではないだろうか。
発達領域の数だけ抵抗の種類もあるだろうから、まずは自分が従事する能力領域においてどのようなものが抵抗と言えるのかを考えていきたいと思う。2016/7/15