記事217と230で紹介した「知性・能力に関する5つの変容原則」について、残りの原則をより詳しく解説したい。まだ説明していない原則は(3)焦点化(focusing)、(4)代用化(置換化:substitution)、(5)差異化(differentiation)である。これらの論点はいずれも若干細かいが、能力の発達プロセスを理解する際や発達支援をする際に大切となる原則である。
原則3:焦点化について
焦点化(focusing)の特徴を一言で述べると、それはあるタスクをこなすために必要となる能力を私たちが即座に選び抜くことを可能にする。これはいわば注意点の移動と密接に関係していると言える。そのため、焦点化が扱う現象には、どのレベルのどのような能力を抽出するかという発達的な変化のみならず、一瞬一瞬の行動の変化も含まれる。
ある状況において特定のタスクをこなす際に、私たちは潜在的に多様な能力を活用することができ、一般的にそれらの能力はお互いに関係し合っている(例:経営戦略を立案する際には、市場分析能力や論理思考能力といったお互いに関係し合った能力が立ち現れ、そこでは料理をする能力や歯磨きをする能力は問われない)。
焦点化はある意味では、ある状況において特定のタスクをこなす際に、多様な能力から最適なものを選び出す「選択化(その状況に相応しい適切な能力を選び出す能力)」と言い換えてもいいだろう。要するに、焦点化は、その状況や与えられたタスクをこなすのに最適な能力を選び出し、その能力を意識的に活用することができる力だと言える。
私たちの顕在意識は皮肉なもので、複数のことに対して同時に意識を与えることはできないのである。意識の焦点が当たるのはごく少数のことであり、意識的に活性化させることのできる能力の数もごくわずかであり、それを抽出する力が焦点化なのだ。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」という格言にあるように、顕在意識の中でバラバラな二つの能力を意識的に同時活用することはできないのである。
原則4:代用化について
代用化(substitution)は、ある能力を一般化させて他のタスクに対して活用する、あるいは他の文脈内で活用する際に発揮される。代用化というのは、ある種の一般化を伴う変容原則である。
つまり、あるタスクに対してレベルLの能力を獲得することができたら、同様のタスクに対してその能力を移転させることができるのだ。あるタスクにおける構成要素と別のタスクの構成要素がほとんど同じである場合、あるタスクをこなす際に獲得されたレベルLの能力が一般化され、別のタスクに対して応用されることになる。
要するに、あるタスクと別のタスクが同レベルであり、なおかつタスクを構成する要素がほとんど同じである場合に、あるタスクで獲得した能力を別のタスクに対して代用化させることができるのだ。
例えば、ピアノの演奏を例にとると、演奏の難易度がほぼ同じであり、曲の構成やリズムなどの構成要素が近似している場合、ある楽曲を演奏できた能力がそのまま別の楽曲の演奏に転用することができる。
仮に、代用化がピアニストの中で一切生じなければ、そのピアニストは演奏曲のレパートリーを増やすことができない。しかし、一曲しか弾けないプロのピアニストなどはこの世にいないであろう。つまり、ピアニストは鍛錬の中で知らず知らず「代用化」という能力の変容原則の一つを常に活用しているのだ。そして、これは全ての職業にも等しく当てはまる。
原則5:差異化について
差異化(differentiation)というのは、能力の構成要素が分化することである。差異化は常に他の変容原則、特に統合化と複合化(記事230参照)と密接に関わっている。発達心理学者のハインツ・ワーナーが指摘しているように、差異化と統合化は常に同時に起こる。フィッシャーもこの考え方を採用し、差異化と統合化は補完的な関係にあると述べている。
差異化は、他の変容原則に依存しながら、ミクロな発達かマクロな発達となりうる。マクロな発達に関して、差異化の程度は非常に大きく、レベルLの能力のある構成要素(例:a, b, c)はその能力がレベルL+1に到達したら、質的に異なる構成要素(例:a’, b’, c’)に変容する。そして、その能力レベルに習熟すればするほど、それらの新しい構成要素を巧くコントロールするようになり、統合化の道が開かれていく。
ここで、差異化は単なる「分離化」とは意味が異なることに注意が必要である。分離化は、能力の構成要素を分割することにとどまるが、差異化は統合化や複合化と不可分なものであるため、能力の構成要素を分割しながらもまとめ上げる働きがそこに内在しているのだ。
例えば、キーガンの発達理論を理解する際に、五つの段階モデルや螺旋上の発達プロセスなどの概念に分割して理解するのと同時に、それらを一つの全体としてキーガンの理論体系と理解することが例として挙げられる。
要約として、5つの変容原則の順序がわかれば、ある能力の発達の順序がわかることになる。順序がわかれば、当然ながら能力の発達を予測することも可能になるであろうし、より効果的な発達支援を実現させることも可能になるだろう。