これまでの記事を通じて、何度か「インテグラル理論」について言及をしてきました。知性発達理論を語る上でインテグラル理論の枠組みを避けて通ることはできないのですが、未だ当該理論は日本における成人以降の知性発達理論の言説空間において、共通言語としての役割を果たせてないのではないかと思います(というよりもむしろ、日本においてそもそも成人以降の知性発達理論の言説空間などほとんど生起していないというのが現状でしょう)。
私自身がジョン・エフ・ケネディ大学でインテグラル理論を体系的に学習してきたというバイアスもあるでしょうが、やはり、この理論の大枠と幾つかの重要概念を押さえていただけるだけで、知性発達理論に対する理解が促進されるでしょう。そのため、今回の記事は改めてインテグラル理論の大枠を説明します(インテグラル理論に関するより詳しい説明は「ジョン・エフ・ケネディ留学記」を参照していただければ幸いです)。
また、LAS(記事157および158参照)などの発達測定手法がインテグラル理論の枠組み上、どんな立ち位置にあるのかを把握していただくために、インテグラル理論の重要概念である「方法論的多元主義」についても言及していきます。
アメリカの偉大な哲学者であるウィルフリド・セラーズやチャールズ・パースは、哲学的な営みは「建築作業」のようであると述べています。つまり、哲学の目的は、ある命題に関する体系を構築することにあります。
特に科学の分野において、哲学は科学の体系化に大きく寄与してきました。現代哲学において、ケン・ウィルバーの業績は独自性があり、私たちはそれを見逃すことはできません。ウィルバーは、過去の哲学的な営みを踏まえ、学際的な調査と探求をもとに「インテグラル理論」という包括的なメタモデルを構築・提唱しました。
もちろん、こうした包括的な理論からこぼれ落ちてしまっている叡智が存在するというのは否めないですが、ウィルバーが提唱したメタモデルの完成度は非常に高いと言えます。特に、人間の意識という内面領域に対してインテグラル理論が果たした貢献は非常に大きいです。
それでは、どういった点でインテグラル理論が人間の意識発達という領域に貢献をしたのかをこれから見ていきます。インテグラル理論の概観は、「AQAL」という言葉に集約されます。AQALとは、すべての象限(All Quadrants)とすべての段階(All Levels)を意味します。
インテグラル理論の要諦は、メタ哲学的な立ち位置を取り、様々な領域の真実と洞察を可能な限り抱擁する枠組みを構築することにあります。こうしたメタフレームワークを構築するためには、高度に抽象的な一般化が要求されます。
そして、こうした一般化を行うためには、無数の方法論や発見事項を包摂・分類・区別することが要求されます。インテグラル理論がどのようにして、そうした一般化を行っているのかに関して、まずは「象限」という基本的な概念を見ていきましょう。
ウィルバーが提唱した「象限」という概念は、人間の知識領域に存在する最も一般的な分類を表します。アリストレテス、カント、ヘーゲルといった過去の偉大な哲学者たち、そして、パースやセラーズといった近現代の哲学者たちは、「知」を分類する枠組みを探求してきました。
言い換えると、それらの哲学者たちは、インテグラル理論で言うところの象限分類を行っていたのです。
例えば、パースはカントの思想を受け継ぎながら、言語に内在する隠れた構造を解明していきました。パースは、「私(一人称)」「私たち(二人称)」「それ(三人称)」という言語の枠組みと概念分類が密接に関係していることを突き止めました。
この発見は、現代においてハーバーマスによってさらに探求が行われ、それらの分類は「主観世界」「間主観世界」「客観世界」という、独自かつ互いに還元することができない三つの「世界の枠組み」が存在することを明示しています。
さらに、より詳細な言語学的な分析によって、人間の「知」に内包された普遍的な分類――「美(一人称)」「善(二人称)」「真(三人称)」、「芸術(一人称)」「道徳(二人称)」「科学(三人称)」、「自己(一人称)」「文化(二人称)」「自然(三人称)など――がこの世界に存在することを、私たちは改めて認識することができます。
ウィルバーはこうした普遍的な分類をさらに体系化し、「個人と集団の内面・外面」という四つの象限モデルを提唱しました。 また、ウィルバーはそれら四つの視点を詳細に分析すると、「八つのゾーン」というより洗練された世界探求方法が存在すると指摘しています。
この八つのゾーンという分類は、「統合的な方法論としての多元主義(Integral Methodological Pluralism)」と呼ばれます。つまり、統合的な方法論としての多元主義を採用することによって、私たちは世界の多様な現象を互いに還元することができない八つのゾーンに分類し、それぞれを独自な方法によって探求することが可能になります。
八つのゾーンはそれぞれが独自の真実を開示してくれるため、互いに還元することができません。すなわち、ゾーン固有の真実を探求するためには、そのゾーンに合致した探求手法が必要になります。記事の冒頭にある写真は八つのゾーンを示し、各々のゾーンに対応した方法論は下記の通りです。
ゾーン1:左上象限:個人の内面領域の内側:現象学 ゾーン2:左上象限:個人の内面領域の外側:構造主義 ゾーン3:左下象限:集団の内面領域の内側:解釈学 ゾーン4:左下象限:集団の内面領域の外側:エスノメソドロジー ゾーン5:右上象限:個人の外面領域の内側:オートポイエーシス(認知科学など) ゾーン6:右上象限:個人の外面領域の外側:経験論(神経生理学など) ゾーン7:右下象限:集団の外面領域の内側:社会的オートポイエーシス
ゾーン8:右下象限:集団の外面領域の外側:システム理論
次回の記事以降で詳しく説明しますが、知性発達理論に基づく発達測定手法は上記のゾーン2に該当します。