知識やスキルの向上プロセスは、直線的なものではなく、上昇・下降・停滞を含んでおり、非常に混沌としています。先日の記事で、文脈特定的な鍛錬をおこなうことが、さらに高度な知識とスキル獲得において不可欠であるということを指摘しました。
しかし、そうした鍛錬が散発的なものであっては、強固な知識・スキル基盤を構築することができません。そこで学習者に求められるのは、鍛錬を継続させる力(継続力)です。
カート・フィッシャーを始め、人間の発達研究にダイナミックシステム理論を適用している研究者が明らかにしているように、他者(指導者)からの支援の効果は、一時的なものです。すなわち、指導者からの介入によって、その瞬間のスキルレベルは向上しますが、ひとたび支援がなくなると、時間の経過とともにそのスキルレベルは低下します。
このように、知識・スキルの獲得プロセスが乱高下するという特徴を兼ね備えているため、仮にスキルレベルが下降局面を向かえても、なお鍛錬を継続する意思の力が求められます。それは、学習者自身の内側から沸き上がるものでもあるだろうし、指導者の導きによる力、あるいは文化的・制度的な不可視の支援を受けて創発されるものだと思います。
学習者が継続的に鍛錬する意思力を兼ね備えていることは、さらに高度な知識・スキルを獲得することの必要条件となります。しかし、それは必要条件ではあるものの、十分条件ではありません。
ここで重要になるのは、学習者の内発的な意思力のみならず、学習者を支える指導者の意思力です。指導者は、学習者が伸び悩んでいる時にも継続して指導にあたる必要があります。ミクロな視点で見ると、支援の効果は一時的なのですが、マクロな視点で見ると、継続的な支援は、学習者の知識・スキルの基盤を確固たるものとします。
学習者のスキルが向上している時の支援は、指導者にとっても喜ばしいものでしょうが、それは比較的容易です。困難なのは、学習者のスキルが向上していない時に、どの程度彼らの学習プロセスに関与するか、そしてどのように彼らの学習プロセスに関与するかを判断し、継続的に学習者の支援をおこなうことです。
これらの点において、知識を結晶化し、知恵を獲得している賢人や、芸術的かつ神秘的とも思える高度なスキルを獲得している一流の人物たちを見ていると、絶え間ない鍛錬を支える彼ら自身の強固な意志と、彼らを一流たらしめた指導者の意思も尊敬に値すると感じています。 質問・コメント・記事の共有をご自由にしていただければ幸いです。