以前の記事で、心の発達が内包する可変性と不可変性を説明するために、心の構造を静的なものとみなすパラダイムに代わる理論的枠組みが必要であると述べました。今回は、これまでの記事をまとめ、ダイナミックスキル理論の具体的な説明に入る準備をしたいと思います。
カート・フィッシャーは、心の構造を静的な階段(あるいは梯子)のように捉えるメタファーを否定し、動的な「網の目構造」というメタファーを提唱しました(網の目構造に関する記事)。
心の構造を階段のように捉えるメタファーでは、構造と活動が切り離されていましたが、網の目構造のメタファーでは、構造は活動の中に内在する動的なシステムであるとされています。このような見方は、生物学・脳科学・環境学などを始めとする様々な分野に影響を与えているダイナミックシステム理論に起源を持ちます。
ダイナミックシステム理論では、可変性と規則性を二文法的に切り離してしまうのではなく、両者は互いに関連し合っているとみなします。言い換えると、ランダムあるいは無秩序とかつて見られていた現象は、ダイナミックシステム理論の枠組みでは、可変性が持つある特定の規則性に従って複雑に組織化されていると捉えられます。
そのため、ダイナミックシステム理論を適用しているフィッシャーのダイナミックスキル理論は、人間の思考と行動を生み出す可変性と可変性が生み出すパターンを分析していきます。
私が過去に師事していたオットー・ラスキーが「カート・フィッシャーと共に研究をしたいのであれば、数学・統計に関する知識が必須である」と述べていたのをふと思い出しました。
人間の複雑な思考・行動パターンを分析するフィッシャーのダイナミックスキル理論の測定手法を用いるためには、実証データを解析する際に、かなり高度な数学・統計知識が要求されます。フィッシャーが実際に述べていましたが、得られた実証データが持つ可変的な特徴を解析するために、高度な統計モデルを用いているそうです。
ダイナミックシステムの観点からすると、心の構造とは活動を生み出すシステムです。心の構造は活動と切り離されて存在しているのではありません。活動を生み出すシステムは動的なものであり、環境に絶えず適合し、システムそれ自体を常に再組織化し、動的に構築されています。
そのため、可変性というのは自然な現象であり、システムが動的に組織化されているという観点からすると、可変性はランダムな現象ではなく、規則性を持った現象と見ることができます。このような観点から、ダイナミックスキル理論では、人間の思考や行動が持つ動的な構造を説明・分析していきます。
ダイナミックスキル理論は、心の構造を「動的なスキル」と想定しています。この概念は、動的な心の構造が持つ多様な特性を適切に説明するために生み出されました。次回の記事では、より具体的に「動的なスキル」の内容について紹介したいと思います。
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