前回の記事で、動的構造主義は人間の行動に内包される可変性に焦点を当てながら、可変性の中に存在する多様なパターンの質的差異(レベル)を分析するということを紹介しました。今回の記事では、動的構造主義の分析手法が既存の発達測定手法とどのように異なるのかを説明したいと思います。
その違いを一言で述べるならば、文脈に応じて変化する瞬間瞬間の行動・思考に焦点を当てているかいないかの違いです。既存の発達測定が、測定という枠組みの中で発揮されるある意味独特かつ静的な行動・思考パターンに焦点を当てていました。
つまり、測定という特殊な文脈で発揮されることになる能力に着目し、実際の現実世界で発揮される瞬間瞬間の能力の変化には目を向けていませんでした。それに対して、動的構造主義のフレームワークでは、文脈に根ざした人間の瞬間瞬間の行動・思考パターンを分析していきます。
動的構造主義の分析手法が持つ上記のような特徴の背景には、人間の脳がそもそも社会的なものであり、現実世界で関わり合う他者や文脈に応じて脳の状態は刻一刻と変化しているという点が挙げられます。
その他にも、人間というのは、文化によって規定された社会的な状況の中で他者と共同し、そこで発揮される行動は社会的・文化的な枠組みを通して意味が付与されるという考え方があります。そのため、動的構造主義の分析手法は既存の測定手法とは異なり、文脈に応じて刻一刻と変化する行動・思考パターンに着目していきます。
動的構造主義では、主に二つのステップを経て人間の複雑な行動・思考パターンを分析していきます。一つ目が、ある文脈の中で発揮される行動の基本的な構造を分析すること。二つ目が、そのような構造がどのような要因によって変化していくのかを分析することです。
変化を生み出す主な要因としては、知識・経験の量、感情の状態、脳の機能的状態、他者との相互作用、あるいはこれらが合わさったものなどが考えられます。感情の状態や他者との相互作用が発達段階に与える影響に関して、具体例を一つ紹介したいと思います。
ある子供の物語を構築する能力に着目した研究によると、その子供が物語を構築する能力、語る内容、感情の状態は状況に応じて大きく変化していました。特にその子供がポジティブな感情状態にあるときは、構築される物語もポジティブなものになりやすく、そこで発揮される物語構築能力は、不安や怒りなどの感情を持っている時に比べて高いスキルレベルを示していました。
さらに、教師からの支援がある場合、それが無い時に比べると、その子供のスキルレベルはおよそ一段階高い値を示していました。
このように、他者からの支援がある場合と無い場合(あるいはほとんど無い場合)に発揮される能力のばらつきのことを「発達範囲」と呼びます。上記の具体例が示唆している感情の状態や他者との相互作用が与える影響は、何も子供たちだけではなく大人にも当てはまります。
成人においても、感情の状態や他者からの支援の有無によって、その場で発揮される能力は大きく変動することになります。動的構造主義の分析手法は、感情の状態や他者からの支援の有無などを考慮し、文脈に埋め込まれた瞬間瞬間で変化していく私たちの複雑な行動パターンを分析していくという特徴を持っています。
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