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11636-11643: フローニンゲンからの便り 2023年12月18日(月)



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成人発達理論とインテグラル理論を基礎にして、様々な学問領域からサイケデリクスやその他のテーマについてお話しさせていただくチャンネル「インテグラル・サイケデリックラジオ」はこちらからご視聴いただけます。

タイトル一覧

11636. 今朝方の夢

11637. 今朝方の夢の続き

11638. 英語での論文執筆への欲求の高まり

11639. ビッグバン的存在としての私たち/言語的幻覚世界を生きる私たち

11640. 多元宇宙論への関心と仏教・神秘主義と量子物理学の接点への関心の高まり

11641. シロシビン・セッションを実践の核に据えた宇宙と意識に関する本格的な研究に向けて

11642. 意識・宇宙・サイケデリクスの三位一体研究とその実践への情熱

11643. 本日の筋力トレーニングを終えて


11636. 今朝方の夢 


時刻は間も無く午前5時を迎える。時の感覚が変容しており、今し方今日が月曜日であるということに気づく。今週は比較的暖かいようで、今日の最高気温は9度、最低気温は8度である。寒さに関して言えば随分と過ごしやすい1日になるかと思う。そんな今日もまたジムに行き、良い汗を流してこようと思う。


今朝方は深夜に1度目が覚めた。そこで見ていた夢を振り返る前に、目が覚めた後に再び眠りの世界に入る時に、太陽の周りに蠢くフレアやフロミネンスのようなものを目を閉じた時に知覚していたことを書き留めておきたい。目を閉じて白い光を知覚することは時折あるが、太陽のような動きのある光を知覚するのは初めてのことだったように思うので印象的だった。脳がまるで太陽と同じぐらいのエネルギーを持って活動し始めたかのようなことを示す現象であった。


まず断片的に覚えている夢としては、小中学校時代のある友人(MS)と再会し、彼と立ち話をしていたことである。彼から見ると自分は随分と遠いところに行ってしまった人に映っているらしく、お互いが生きる世界は大きく異なると彼は述べていた。一見するとそのように見えたとしても、私たちは同じ世界に生きているし、そのような違いを意識する必要はないのにと心の中で私は思った。するといつの間にか彼は消えていて、自分の中で次の人生をまた彩り豊かで充実したものにしていこうという確信が芽生えていた。そのような確信が芽生えると、気がつけば私は見慣れない外国の街にいた。街をぶらぶらと散歩していると、アフリカ系アメリカ人の男性に声を掛けられた。その男性は身なりがしっかりしていて、教育も高そうに思えた。道でも尋ねられるのかなと思ったらそうではなく、政治経済に関する話を突然その男性が切り出してきたので驚いた。笑顔で私に問いを投げかけてくるその男性に対して私は好印象を持っていて、政治経済についてその男性と話をするのは面白そうに思えたので質問に答えていった。そこからは対話をする形でそれぞれのお題について意見を交換していき、お互いの考えを深めていった。そのような夢を見ていたのを思い出す。


深夜に1度目覚めた時に知覚された太陽そのものとその周りに蠢くフレアとフロミネンスは、きっと自分の活動エネルギーと生命エネルギーをまた一段違う次元に導いてくれるだろう。今日からの1週間の中でエネルギー次元のシフトを感じられるかもしれない。フローニンゲン:2023/12/18(月)05:10


11637. 今朝方の夢の続き


時刻は午前5時半を迎えた。先ほどアニマルフローの実践を行い、今日もまた午前中の活動に向けて準備が整ったことを感じる。モーニングコーヒーを飲む前に普段栄養補給として飲んでいるヘンプ・小麦若葉・カカオドリンクをいつものように作り、今それを味わっている。


アニマルフローを通じて体を動かしたことによって、今朝方の夢の前半部分で見ていた内容を思い出したのでそれについても書き留めておきたい。


夢の中で私は、見慣れない外国の街の郊外にいた。そこは比較的自然が豊かで、公園の数も多く、森も近くにあった。森と住宅地の境目は曖昧で、その曖昧さが心地良かった。現代社会はどうしても明確な区画化をする形で都市設計をしがちであり、そうした作りの都市にもう飽きている自分がいたのである。森と住宅地の境目を歩いていると、偶然にも画家の知人と出会った。どうやら彼女も私と同じ感性を持っているらしく、区画化された都市には息が詰まるようで、こうして森を感じられる場所を気ままに歩いているようだった。そこからは久しぶりの再会ということもあってお互いの近況を話していった。しばらく歩きながら話をしていると、彼女が平衡感覚を失い始め、私に寄り掛かった。咄嗟に私は彼女の体を支え、その時に彼女の右の横腹に自分の手が置かれ、彼女はそれがくすぐったかったようで、「ぎゃー」と奇妙な声を上げて走り去ってしまった。私は彼女を追いかけようと思って、彼女が走り去って行った曲がり角まで走っていくと、彼女の姿がまだ見えた。くすぐったい感覚が収まったらまた戻ってくるだろうと思ったので、それ以上追いかけることをしなかった。


すると突然、自分が追いかける側ではなく、追いかけられる側にいることに気づいた。小中高時代の数人の友人がマラソンの練習をしていて、彼らは走りながら自分を探しにやって来ていることに気づいたのである。別に彼らは私を捕まえようとかそういうのではなく、純粋に自分を探しに来ているようだった。しかし私は彼らに見つからないように隠れることにした。隠れる場所を探していると、先頭を走る数人の友人の姿が見えたので、これはまずいと思ってすぐに隠れる場所を探した。すると住宅と住宅の隙間に隠れるにはちょうどいい場所があったので、そこに隠れることにした。そこに隠れると、無事に友人たちをやり過ごすことができた。そこでホッと一息ついたら、自分の目と鼻の先に大きな蜘蛛の巣があって、巣の真ん中にいる黄色く大きい蜘蛛が不気味に思えた。そこで1度目を覚ました。フローニンゲン:2023/12/18(月)05:49


11638. 英語での論文執筆への欲求の高まり   


8月の中旬から毎日つけている英文でのリサーチノートが随分溜まってきている。この4ヶ月ほどの期間で読み進めてきた学術書の数は450を超えた。毎日3~4冊ほどの学術書を読み進める中で、書物や論文を読むというインプットは確かに引き続き行っていくが、それ以上にアウトプットへの欲求が溜まっていることに気づく。自分の文章を生み出したいという強い欲求が自分の内側に渦巻いていて、やはり今の自分は学術機関に戻って再び論文を執筆する扉の目の前にいるように感じる。日本語の書籍を執筆することは今のところ当分ないだろうと感じている。日本語の書籍を執筆すること以上に英語での論文の執筆を優先させたい時期にいる。その思いは日毎に高まるばかりである。


日々毎日書き留めているリサーチノートは、英語での論文執筆を大いに後押ししてくれるだろうと思う。そこに自分のアイデアの種の全てがあるのだから。それらの種をもとにすれば、果たしてどれだけの論文が書けるのだろうかと楽しみに思う自分がいる。これからも書籍や論文を読む際には絶えずリサーチノートを執筆し続けていく。たったワンセンテンスでもいいのである。そのワンセンテンスがプロンプトとなり、無数のセンテンスが紐解かれていくという体験をこれまで何度もしている。ワンセンテンスでなくても、たった1つのキーワードからでも文章が湯水のように溢れ出てくる体験を何度もしている。構築活動への明確な自覚を持っている今の自分にとって、英語での論文執筆という構築活動もまた自分のコントロールの範囲にある。しかし文章執筆で一番面白いのは、そうしたコントロール可能性を超えて、予期せぬ閃きや考えが降ってきて、それが文章の中で形になってくることだろう。そうした体験をするためにも書くことが必要で、日頃から地道に文章の種を撒いておくことが大切なのだ。それをしない者に収穫はない。種を撒かない人間に種を育てる楽しさを味わうことなどできないし、収穫の多大なる喜びに与することもできないのだ。それを自覚しながら、今日の読書の過程でも、閃いたことを自我や超自我でジャッジすることなく、とにかく自分の言葉の形でメモしておこうと思う。それが将来の種の発育と収穫の多大なる楽しさと喜びに繋がるのだから。フローニンゲン:2023/12/18(月)06:34


11639. ビッグバン的存在としての私たち/言語的幻覚世界を生きる私たち     


私たちは常にビッグバンを経験しながら生きているのではないか。そんな考えが降ってきた。仏教の般若心経の一節で有名な「色即是空 空即是色」という文言を見た時に、意識内で形となって現れるものは即空であり、意識という空なる世界では即色が生じる。しかもそれは絶えず行われている運動現象であるから、私たちは認知的ビッグバン、あるいは意識的ビッグバンを絶えず経験している存在のように思えたきたのである。私たちはそうした意識的ビッグバンを通じて今という瞬間を生きていて、新たな世界を絶えず創出し続けている。絶え間ない今をビッグバンを通じて生きているのが私たちという存在だったのだ。


第20回及び21回のシロシビン・セッションでは、宇宙として生きる自己というものが主題であった。まさにその主題が今新たな意味を開示してくれたかのように感じる。自己は絶えず生成を繰り返すビッグバンとして生きているのである。細胞から意識まで一貫してビッグバン現象が私たちの内側で起こっているのである。そんな自己をビッグバン的存在と言わずして何と言おうか。それを色即是空・空即是色的存在と言わずして何と言おうか。


私たちは大なり小なりの神話の世界に絶えず生きていて、自らの言語を通じた言語的幻覚世界の中を生きている。その点を自覚している人がどれだけいるだろうか。コンセンサスリアリティもまた時代が生み出す神話的世界であり、そうした世界に紐づいた形で私たちは自分自身の世界観と価値観に基づいて言葉を紡ぎ出し、自らの言語的幻覚世界を形成しながらその世界の中で生きている。幻覚は特別なものでもなんでもなく、言語を司る人間であれば全て誰もが等しく言語的幻覚世界の中に生きているのである。そうした共通性がありながら、差異としては世界観と価値観の発達段階に応じて構築される言語的幻覚世界の質が異なることと、自らが絶えず言語的幻覚世界の中で生きているという認識の有る無しである。これまで自分が従事してきた発達段階測定というのは言わば、言語的幻覚世界の質的差異を明らかにする行為に他ならない。自らの存在が意識的ビッグバンであるということ。そして言語的幻覚世界の中を絶えず生きている存在であるという明確な認識が、新たな解放を自己にもたらすだろう。フローニンゲン:2023/12/18(月)07:11


11640. 多元宇宙論への関心と仏教・神秘主義と量子物理学の接点への関心の高まり


第20回と21回のシロシビン・セッションを受けて、宇宙への関心が高まっている。その関心の高まりに基づいて、多元宇宙論についての書籍を購入して読んでみようと思った。いくつかの出版社の中でもケンブリッジ大学出版から出版されている"Multiverse Theories: A Philosophical Perspective”はとても面白そうに思えた。著者が自分と同じフローニンゲン大学の出身ということもあり、この書籍はぜひ近々購入しようと思う。自分は数学や物理学を専門にしていないので、込み入った数式が掲載されている書籍を極力避けたいと思っていたところ、本書は哲学に寄った形で多元宇宙論を概念的に説明してくれているので目を通してみたいと思った。また、宗教・神学の観点から多元宇宙論を紐解いてみたいと思っていたところ、ケンブリッジ大学出版と同じく学術書で定評のあるルートリッジ出版から“God and the Multiverse: Scientific, Philosophical, and Theological Perspectives”という書籍が出版されていて、中身検索をしたところ、こちらの書籍も一読に値すると思ったので購入してみようと思う。


今の自分の関心は内面宇宙と外面宇宙の双方をサイケデリクスを活用して深く探究していくことに向かっている。意識と宇宙についてどこまでも深く知ってみたい。そんな気持ちが沸々と湧き上がっている。


先般のハーバード神学大学院(HDS)への出願はその思いの現れであり、仮にHDSに入学することができたら、意識と宇宙をサイケデリクスを通じてどこまでも探究することができるだろう。仏教と量子物理学の接点は以前からよく言われていることであるし、神秘主義と量子物理学の接点もまた以前からよく言われていることである。改めて両者に関する先端的な議論を追ってみることにし、今から該当する学術書を調べ、それらもまた上記の書籍に合わせて今週のどこかで一括注文しようと思う。外面宇宙の探究については自分は物理学者ではないので、彼らの先端的な研究成果を参照しながらも、自分は理論的な側面を哲学や宗教的叡智さらには神秘主義の叡智から探究していく。私たちはどのような宇宙の中を生きていて、意識と宇宙はどのような繋がりを持っているのか。まだまだ未知なことが山積みであり、その状態を楽しみながら、これからのシロシビン・セッションと学術研究を通じて1つ1つ自分なりの体験的洞察を汲み取っていきたいと思う。フローニンゲン:2023/12/18(月)07:38


11641. シロシビン・セッションを実践の核に据えた宇宙と意識に関する

本格的な研究に向けて     


ここからのシロシビン・セッションと学術的な研究の焦点は、やはり意識と宇宙にしようと思った。継続的なシロシビン・セッションは、それらのテーマに関する学術研究を進めていくための洞察を得る非常に重要な実践になるだろう。それらのテーマに関する考えを深めていくための観点や気づきを含め、多様な発見がセッションを通じて得られるに違いない。そのためにはセッションをしていない期間における学習が重要になる。日頃から知識を得て、考察を進めているからこその洞察がある。閃きを得るための土台が必要で、それは日々の絶え間ぬ知識獲得と考察に基づいて構築されるものだ。


現代物理学についてそこでどのような事柄がテーマになっているのかを理解していく試みに従事していく。込み入った数式を用いることなく、概念的にそれらを掴んでいく。自分は物理学者ではないので、数式操作をする必要はなく、むしろ数式を通じて開示しようとしている世界観を理解していくことが重要だ。探究の方向性としては、まずは現代物理学のとりわけ宇宙に関する理論や思想を押さえていく。それに加えて、自分にとって馴染みのある宗教である仏教と神道のコスモロジーを理解していく。それらと現代の宇宙物理学の理論や思想を架橋していく試みをしてみたい。そうした架橋に加えて、そこに意識に関する議論を導入するのが自分の狙いであり、最大の関心である。この宇宙と意識がどのような繋がりを持っているのかについて、半ば取り憑かれたかのような関心がある。その繋がりを理解するためには学術的な研究に邁進する必要があるが、それだけでは足りない。直接体験としてその繋がりを体感する必要がある。そのための手段が自分にとってはシロシビン・セッションなのである。それは学問研究上における不可欠な実践なのである。DNAの螺旋構造を発見してノーベル賞を受賞したフランシス・クリックや、PCRを考案してノーベル賞を受賞したキャリー・マリスたちがLSDを摂取して創造的な科学研究に従事していたことを参考にして、自分の学術研究は継続的なシロシビン・セッションという実践と共に進めていくことを肝に銘じておく。


まずは宇宙物理学に関する「点」としての知識を獲得すること、仏教と神道のコスモロジーに関する「点」としての知識を獲得することを行う。そしてそれらの点がある程度しっかりしてきたら、あるいは点を作る段階からすでに線を作ることを意識していく。そこからは継続して点の数を増やすことと線の形成を意識して学習に取り組み、面を作るジャンプを促すのがシロシビン・セッションになるだろうか。あるいは複数の面を形成して晴れて立体を形成する時にシロシビン・セッションが力を課してくれることになるだろうか。そこでまず立体が形成されたら、今度はそこに意識探究の次元を組み込んでいく。そこでは2つの立体がまた新しい点となり、宇宙についてと意識についての継続的な探究によって立体としての点を拡張させていき、それらを線として繋げていく。このような方向性が明確に見えたので、午前中の段階で書籍の一括注文をしてしまってもいいかもしれない。善は急げのような気持ちがあり、その新鮮な気持ちを大切にしたい。今日書籍を注文すれば、年末年始にそれらの書籍の初読を終え、探究の見取り図がまた明瞭なものになるだろう。フローニンゲン:2023/12/18(月)08:47


11642. 意識・宇宙・サイケデリクスの三位一体研究とその実践への情熱 


自分の究極的な関心は至ってシンプルで、自分という存在が何で、自分という存在がどのような世界の中で生きているのかをとことんまで突き詰めて知りたいのだということがわかった。そうした究極的関心を満たすために、およそ30冊弱リストアップした学術書をこれから注文してしまおうと思う。自分が何者かを知るための意識の探究に関する学術書はすでに十分な量購入しており、自己存在という内側に関する探究は、当面において手持ちの書籍の再読を通じて行っていく。一方、自分という存在がどのような世界の中で生きているのかについてはこれから注文する宇宙物理学やコスモロジーに関する書籍が重要な探究材料になるだろう。昨年の年末年始はフランスのニースとスペインのマヨルカ島にいたが、今年の年末年始はフローニンゲンでもっぱら意識と宇宙に関する探究に明け暮れることになるだろう。

なぜ意識と宇宙の探究の双方を行うのか。それは内を理解することを通じて外の理解を深めることが可能になり、外を理解することを通じて内の理解を深めることが可能になるからだ。意識と宇宙は相互に密接に繋がっており、内と外の理解は相互作用をして互いの理解を深め合う。ゆえに自分は意識と宇宙の研究に乗り出すことにした。しかもそれらの探究を媒介しているのがサイケデリクスであるという認識において。サイケデリクスは意識であり、同時に宇宙でもある。サイケデリクスは宇宙であり、同時に意識でもある。さらにはサイケデリクスは意識と宇宙の中庸的媒介物なのである。自分の情熱は、意識・宇宙・サイケデリクスの三位一体研究とその実践にある。今朝方の夢のはざまで知覚した太陽は、その情熱を象徴している。


先ほど時間を取って取り急ぎ、下記の25冊の書籍を購入した。それは2023年の自分へのクリスマスプレゼントとなり、2024年のお年玉のような存在となるだろう。書籍の中にはインドの出版社から直接注文するものもあった。いずれの書籍もここからの自分の探究と実践を大いに後押ししてくれるだろう。意識と宇宙に関する学術研究を進展させてくれ、サイケデリック実践の幅と深さを一段と増してくれることに役立つに違いないと確信している。


・Spirit Tree: Origins of Cosmology in Shinto Ritual at Hakozaki

・Buddhist Phenomenology: A Philosophical Investigation of Yogacara Buddhism and the Ch'eng Wei-shih Lun

・Buddhist Cosmology:Science and Theology in the Images of Motion and Light

・Nonduality: In Buddhism and Beyond

・The Philosophy of Cosmology

・The Zen in Modern Cosmology

・The Cosmology of the Bhāgavata Purāṇa:Mysteries of the Sacred Universe

 ・An Invitation to Kagura: Hidden Gem of the Traditional Japanese Performing Arts

・The Japanese Theatre

・Multiverse Theories: A Philosophical Perspective

・God and the Multiverse: Scientific, Philosophical, and Theological Perspectives

・Quantum Buddhism: Dancing in Emptiness: Reality Revealed in the Interface of Quantum Theory and Buddhist Metaphysics

・Quantum Path to Enlightenment

・The Tibetan Book of the Undivided Universe: David Bohm's Quantum Philosophy of Wholeness in the Light of Buddhist Metaphysics

・Quantum Buddhism and the Higgs Discovery:The Power of Emptiness

・Quantum Revelations of the Real and Unreal: Quantum Buddhist Metaphysics Rectifies New Age Propheteering & Subtle Quantum Materialist Madnesss

・Quantum Buddhism: Wonders of the Universe: The Universe as Enlightenment Machine

・The Self Perceiving Universe

・The Grand Designer: Discovering the Quantum Mind Matrix of the Universe

・The Simulated Multiverse: An MIT Computer Scientist Explores Parallel Universes, Quantum Computing, The Simulation Hypothesis and the Mandela Effect

・The Simulation Hypothesis: An MIT Computer Scientist Shows Why AI, Quantum Physics and Eastern Mystics All Agree We Are In a Video Game

・The Tao of Physics: An Exploration of the Parallels Between Modern Physics and Eastern Mysticism 

・New Proofs for the Existence of God: Contributions of Contemporary Physics and Philosophy

・Philosophy of Physics: Quantum Theory 

・The Routledge Handbook of Philosophy of Memory

フローニンゲン:2023/12/18(月)10:49


11643. 本日の筋力トレーニングを終えて 


時刻は午後4時を迎えた。もうこの時間になると随分と辺りは暗くなっていて、完全に日が沈むのもあと少しかと思う。先ほどジムから帰ってきて、シャワーを浴びてさっぱりして今に至る。今日も本当に良い汗をかいた。筋力トレーニング後の有酸素運動を楽しみながら目一杯汗を流した。この時期に流す汗はとても清々しい。


今日の前半のトレーニングでは、ジークンドーのシャドートレーニングを含め、充実したものだった。最近はジークンドーのシャドートレーニングの際の集中力がシャープになっているのを感じ、これは近頃の定期的なシロシビン・セッションとその間を繋ぐ瞑想実践の恩恵かと思う。集中力の高まりは身体トレーニングと日中の学術研究の双方で役に立っている。

前半のトレーニングにおいては、先週の木曜日のパーソナルトレーニングで行った腹筋トレーニングを自分でも繰り返し行ってみた。これは数週間前には本当にハードなものだった。トレーニング中には腹筋の痛みを感じることなく難なく3セットこなしたように思えたのだが、その翌日からおよそ1週間ほど腹筋の筋肉痛に襲われて大変だった。そのリベンジを木曜日に果たし、翌日に程よい筋肉痛がありながらも前回ほどでなかったので腹筋の強度が高まったのだと感じ、今日も同じトレーニングをした。今日のトレーニングで自分なりに工夫したのは、腕立て伏せを単に安定した地面で行うのではなく、腕はバランスボードに乗せ、両足はワイヤーに掛けるといった形でバランスを取りながら腕立て伏せを行うことを試した。木曜日のパーソナルトレーニングでも似たようなメニューをしていたので、それを器具を変えて自分なりに工夫して考案したトレーニングとなる。バランスを取ろうとすると身体の複数のインナーマッスルが活性化されるような感覚があり、単純に大腿筋を鍛えるだけではなく、複数の筋肉を総動員する形で連動した筋肉の動きを身体に覚え込ませることができるのではないかと思う。もちろん純粋に筋肥大だけを考えるのであれば、その箇所に特化して鍛えた方がいいだろうが、そのような形で鍛えるだけではなく、複数の筋肉を動員する形でのトレーニングもこれからも組み合わせていこうと思う。とにかく異なる刺激を身体に絶えず入れてあげることで身体に変動性を持たせることが自分のトレーニング法の核にある。変動性は発達の肝であり、それはおそらく身体トレーニングにおいても同じであろうという推論から導かれている。今日も十分に体を動かしたので、後ほどの夕食はさぞかし美味しいだろう。フローニンゲン:2023/12/18(月)16:22

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