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10465-10468: フローニンゲンからの便り 2023年6月10日(土)



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タイトル一覧

10465. GRE試験へ向けての最終調整期に入って

10466. 今朝方の夢

10467. 今朝方の夢の続き

10468. オンラインゼミナールの第33回のクラスの振り返り


10465. GRE試験へ向けての最終調整期に入って


時刻は午前6時半を迎えた。今、土曜日の朝空に燦然とした太陽が輝いている。昨日は夏日だったことから、今朝方は朝の時間帯でも暖かさを感じ、3枚着ではなく2枚着で済んでいるし、もうヒートテックを履く必要がなくなった。むしろ6月に入ってもまだ下にヒートテックを履いて過ごさなければいけなかったことの方が異常なのかもしれないが、いずれにせよ随分と暖かくなったものだ。昨日のこの時間帯の気温は12度だったが、今の気温は14度である。今日も日中は26度ほどに到達するようなので夏日であるし、明日からも引き続き26度を超えるような日々が数日ほど続く。


さて今日からのGRE対策は、オンラインでの対策講座のコンテンツをほぼ全て完了し、残すはverbalセクションの模擬試験が2セット、数学の模擬試験が1セットだけになったので、ペーパーベースの公式ガイドブックの復習をし始めようと思う。まずはverbalセクションの復習から始めていく。復習は基本的に1周だけすれば十分であろうから、1周が済んだらテキストは1階の段ボールの中にしまっていこうと思う。こうする形で机の上のテキスト群を綺麗にしていきたい。今は机の左側の大部分をGRE関係の書籍が占めているので、それらを復習し終えたら徐々に片付けていこうと思う。ペーパーベースでの復習が一通り済んだら、そこからはオンラインの対策講座の方で間違えた問題を復習していければと思う。ここからの復習は間違えた問題のパターンを確認していき、その間違いを再度犯さないようにするためにはどのような工夫ができるのかを再度考えていくことである。こうした復習は非常に重要で、ここからの最後の調整期においては感覚を研ぎ澄ませることにもつながっていく。


ここからのライティングの対策は1日置きにし、それぞれの問題タイプについて1問ずつ見ていくようにしたい。ライティングについては5.0以上の点数を取れる手応えがすでにあり、毎日多くの問題を見ても仕方ない状態になっている。そうした状態になっていることは喜ばしいことであり、あとはライティングの感覚を鈍らせないようにして、アイデア出しの脳内回路を少ない問題演習の中でさらに研ぎ澄ませていき、表現に関しては模範解答から得られることを毎回の問題演習を通じて少しでもいいので得たいと思う。こうした形で本番を迎えれば、何の悔いもなく本番を受けられると確信している。フローニンゲン:2023/6/10(土)06:50


10466. 今朝方の夢


鳩がホーホーと鳴く鳴き声が聞こえて来る。今日はさほど小鳥たちが鳴き声を上げていないが、そのようなことを述べると、決まって鳴き声を上げてくれるのが家の周りの小鳥たちである。そのようなことを思っていると、今本当に小鳥が鳴き声を上げ始めたではないか。まるで小鳥たちと意思疎通ができているような感覚である。


輝く朝日に照らされた木々の葉がそよ風で揺れる様子を眺めながら、今朝方の夢について振り返っている。夢の中で私は、2人のプロサッカー選手の知人の試合の応援に駆けつけていた。1人は自分と同い年の選手で、もう1人は随分と歳の差はあるが、非常にしっかりしていて大人びた現役の日本代表の選手である。2人はスペインの孤島のサッカーチームに所属していた。そこのファンはとても熱狂的で、試合になるとある面白い行動に出ることがで有名だった。チームと協力して、近くの海で取れた10mぐらいのまるで海獣のような大魚の死体を相手チームのロッカーに置くというものである。それを通じて相手チームを威嚇することが目的のようで、随分と変わったことをするものだなと思った。もちろん相手チームもそれに慣れて来るのだが、それでもやはりこの世のものとは思えない大きな魚がロッカーの天井を突き抜けて上からぶら下がっているのは脅威の様だった。その話を知っていたので、スタジアムに行くのが楽しみだった。ちょうど小中高時代の友人(YU)と一緒に試合を観戦しに行くことになっていて、彼とスタジアムで待ち合わせた。すぐさま彼を見つけることができたので、彼と合流して、2階席に向かった。2階の廊下を歩いていると、廊下の窓から相手チームのロッカーがある辺りが見えた。すると、巨大な魚の死体の尻尾が本当に天井を突き抜けているのが見えたので驚いた。話に聞いていたのと実際に見てみるのとではやはり違うものだと思った。まさに百聞は一見に如かずであると思った次第である。


そこから両チームが入場し、試合が始まった。友人の2人は先発で、やはりチームに欠かせない存在なのだと思った。2人は共に攻撃的な選手で、自分と同い年の彼はワントップを務めていた。彼は体格的にも優れていたので、海外の大柄な選手を相手にしても見事にワントップを務めることができていた。そしてもう1人の若い友人の方は、サイドアタッカーかつトップ下もこなせる選手で、チームの攻撃の要として奮闘していた。試合はホームのこちらが無得点のまま進み、後半の中盤に相手チームに得点を決められ、苦しい展開となった。私としては最後まで試合を見たかったが、試合後にロッカールームで友人と話をすることになっていたので、試合終了間際に2階を離れ、1階に降りて行き、ロッカールームに向かった。すると、見ていないところで歓声が沸き起こり、ホームのこちらが得点を決めたのかと思った。しかし、歓声の感じからすると、得点では無く、何か良いプレーがあって、得点に繋がりそうな場面があったのだろうと推測した。フローニンゲン:2023/6/10(土)07:05


10467. 今朝方の夢の続き


時刻は間も無く午前8時を迎えようとしている。引き続き鳩の鳴き声が聞こえて来る。そして耳を澄ませば、小鳥たちの鳴き声も聞こえて来る。とても穏やかな朝の世界である。穏やかさの流れに乗って、ここからの午前中の活動に励んでいきたいと思う。


今朝方の夢の続きとして、次の様な不思議な場面があったのを覚えている。それは不思議な感覚と同時に、幾分恐怖を引き起こすものでもあった。


夢の中で私は、見慣れない近代的な建物の大学に通っていた。おそらくそこは日本なのだが、日本ではないような雰囲気も同時に持ち合わせていた。大学時代は町の中心部ではなく、山が見える郊外にあった。おそらく山を切り開いて大学の土地を開拓したのだと思われる。なので、大学の敷地の裏はすぐに山につながっていて、自然を感じさせてくれるキャンパスには肯定的な感情を持っていた。しかし、その建物自体はどこか近未来的な無機質な様子だったので、それには少し違和感があった。


大学の授業を終えて放課後になった。そこからサークルにでも参加するかと思ったが、やっぱり自宅に帰って好きに過ごそうと思ったので自宅に帰ることにした。その時に大学は地下で駅と直結だったので、大学に戻って地下に降りて駅に行こうとした。すると、いつも自分が使っている降り口ではない箇所から地下に降りそうになって、このまま行くと迷いそうだったので引き返した。すると、駅の警備員の人が少し不審そうにこちらを眺めていることに気づいた。今、駅は警備を強化していて、列車に乗るのにまるで飛行機に乗るかのようなセキュリティーチェックがあった。本当に空港にあるのと同じセキュリティーチェックを通らなければならず、荷物をスキャナーで読み取る機械もあった。いつもとは違う乗り場から駅の中に入りたくなかった私は再びキャンパスの方に戻り、そこからはせっかくなのでキャンパスの裏手の山に行ってみようと思った。すでに大学に通い始めて時間が経っていたが、まだ一度も山の方には行ったことがなかった。なので、山の方に何があるのかとても気になっていた。


キャンパスの裏手の道を歩いていると、一軒の立派な家の姿が見えた。そこはまるで貴族の屋敷のようだが、人気はなく、今は誰も住んでいないようだった。なのでちょっと敷地内に入って散策してみようと思った。ところが敷地内に入るのが意外と難しかった。というのも、敷地内に入るためにはいくつかの扉を超えていかなければならず、それらの扉はいずれも鍵がかかっていたので、逐一それぞれの扉によじ登って超えていく必要があったのだ。それぞれの扉はいずれも芸術品のようで、それぞれの扉には窓枠がいくつもついていて、ガラスの美しい模様が施されていた。中には割れている箇所もあり、ガラスで身体を傷つけないようにしてよじ登っていく必要があった。その時、本当に少しでもバランスを崩したり、どこに足をかけるかを間違えると足をガラスで傷つけてしまいそうだったので恐怖心があった。不幸にも半ズボンでその日は大学に通っていたので、尚更ガラスで足を傷つけないに気をつける必要があった。ふと次に足をかける窓枠を見ると、そこのガラスはほぼ全て壊れていて、そこに蜘蛛が巣を作っていた。まるで蜘蛛と目が合うかのような感覚に陥り、それ以上先に進むのはやめて、引き返そうと思った。なんとか足を傷つけずに元いた場所に戻ると、もう一度屋敷の方を眺め、あの屋敷には何があるのかだろうかと思った。それについて考えながら来た道を引き返し、大学の地下の駅に行って自宅に帰ろうと思った。フローニンゲン:2023/6/10(土)08:10


10468. オンラインゼミナールの第33回のクラスの振り返り


時刻は正午に近づいている。空には一点の雲もなく、輝かんばかりの晴天が広がっている。


つい先ほど、オンラインゼミナールの第33回目のクラスを終えた。少人数で毎回行われる今日のクラスもまた非常に実りあるものだった。今日の回は、儒教と道教の死生観を扱うことが目的だったが、いつもながらそれに紐づく形で分岐していく話題がいずれも興味深く、自分の死生観や発達観をさらに育んでいく上での大きなヒントを得る形になった。


受講生の中に過去に大病を患った方がいらっしゃって、その方の1人称の語りが非常に響くものがあり、その方がおっしゃってくださったことを今改めて噛み締めている。自分にとって死について考えることが何を意味するのかを考えてみると、それはもちろん生の捉え直しにつながるのだが、それを越えて、普段の近視眼的な思考の枠組みでは捉えられない自己と世界の在り様を考えさせてくれることにつながるものだと捉えている。良く生きることを考える人は多くいるかもしれないが、良く死ぬことを考える人は少ないのではないだろうか。良く生きるとは何かを考えることと同じぐらいに、良く死ぬとは何かを考えることの重要性を最近は強く感じている。自分の中で、良く生きることに加えて、良く死ぬとは何なのかの意味を深めていきたいと思う。


それ以外には、今日のクラスの中で改めてお金の性質を深く理解することが回り回って死生観と繋がることが自分の中で明確になってきた。個人にとってもお金の問題は多くの人にとって頭を悩ませるものでありながら、お金の性質や機能については無知な場合が多い。また組織や社会にとってお金は血液のような存在であり、血液としてのお金がどのような性質を持っていて、どのように生成されて、どのように循環しているかを理解することは非常に重要かと思う。詰まるところ、社会の治癒と変容に関して、お金の話題を抜きにしてはそれを実現することはできないし、お金の性質を深く理解しておかないとそれは実現できないのだと改めて思う。なので今後のゼミナールでは、言霊学を扱った後は、翻訳したいと思っていたイギリスの哲学者·神学者のフィリップ·グッドチャイルドのマネー神学に関する洋書を取り上げていければと思う。それを受けて、今度はテクノロジーと死や人間発達を扱っていく書籍を取り上げていければと思う。フローニンゲン:2023/6/10(土)11:54

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