3876. 大伽藍の建設に向けて
自分が毎日短い日記を書き、短い曲を作っているのは、その日一日を大切にしたいという思いと、その日の今という瞬間に掴まれる感覚を大切にしたいからなのだろう。 欧州での生活を経て、遅まきながら、ようやく自分の特性というものが明確に自覚されるようになった。私は、長大な時間をかけて一...
1549. 不毛な探究の停止へ向けて
夕方の時刻を迎えた。早朝の天気予報を裏切る形で、今日は夕方までは晴れ間が広がっていた。 明日からまた天気が不安定になるようであるから、本日ランニングに出かけた方が良かったのかもしれない。しかし、今日はランニングに出かけなかった分、自分の仕事が進んだ。...
1357. オランダ政府への感謝
昨日の天気予報は晴れを示していたのだが、実際には今日は終始雲が空を覆っていた。そうした中、私は午前中の仕事を終えた後、ランニングに出かけた。 もし天気が快晴であればより爽快な気分になったのだろうが、それでも身体を動かすことは爽快さをもたらす。ランニングの帰りに、いつもトレー...
1350. 発達科学者かつ複雑性科学者としてのパスカル
今日は数本の論文を読み、午後からはサイバネティクスの創始者であるノーバート・ウィーナーの“The Human Use of Human Beings (1950)”を読んでいた。この書籍を読んでいると、現代社会で注目を集めている人工知能に関する議論を進める上での非常に重要な...
1311. 小雨降る日曜日の午後
午前中、複雑性科学の概念を教育研究に適用した論文を四本ほど読んだ。先日にも、複雑性科学と教育に関する専門書を数冊ほどアマゾンで注文していたため、今月と来月は随分とこのテーマについて自分の理解を深めていくことになるだろう。...
764. 日記という形式について得られたこと
今日の午前中は、発達のプロセスを研究する意味と方法に関する論文を数本ほど読みたい。 その後、現在の私の研究で活用する予定の「状態空間分析」に関する専門書 “State space grids: Depicting dynamics across...
285. 純粋経験からの出発
この瞬間において偶然だと思っていることが果たして本当に偶然なのかどうかを考えている。というのも、そうしたことを考えざるをえないぐらい、昨年以降、実に不思議な偶然が多発しているのだ。 先ほど湯船に浸かりながら、自らの個別的な体験と徹底的に向き合うことによって、普遍的な何かを掴...