3281. デカルトとスピノザが行うチェス
今日も十分な睡眠を取り、目覚めの瞬間に今日の一日の活動が充実したものになるという予感があった。時刻は午前八時を迎え、辺りはようやく明るくなった。 今日は少しばかり空に雲がある。だが幸いにも、それは雨雲ではない。 ここ最近は自宅でヨガを毎朝行い、午後も簡単に身体をほぐすような...
1245. 部分と全体の入れ子構造としての「レベル」
早朝の天気とは打って変わり、午後から快晴が広がり始めた。昼食を摂り終えた私は、論文を一本読み、いつもと同じように20分の仮眠を取った。 昨日と同様に、それは深い休息をもたらすような仮眠であった。そのわずかな時間において、私は夢を見ない深い眠りの世界に沈んでいき、そこで限りな...
1243. 着実な更新
気づけば今日から七月に入った。七月という言葉を聞けば、それは夏を私たちに喚起させるが、依然としてフローニンゲンの夏はそれらしさを見せない。 先ほども、書斎の窓から外を見ると、パーカーを着て歩いている人を見かけた。家の中にいる私もそのような格好をしている。...
1225. 灰色の影と前進
今日は午前中に、スピノザ記念館で先日購入した論文集を二つほど読んだ。どちらも小冊子であり、一つは、心身問題に関するスピノザの観点を主に扱うものであり、もう一つは、経済学者としてのスピノザを扱っているものであった。 当然ながらどちらも面白く読み進めていたのだが、スピノザが「利...
1209. ライデン訪問記:「スピノザ記念館」を訪れて
昨日は、一昨日のライデン訪問について多くの日記を書き留めていたにもかかわらず、それでも書き切れないことがいくつか残っていた。その一つは、スピノザ記念館を訪問したことについてである。 国立古代博物館を後にした私は、その近くの古書店に足を止め、二つの貴重な文献を購入することにな...
1196. ライデン訪問記
今日は丸一日を使って、オランダ南部にあるライデンという街を観光した。ライデンの街がこれほどまでに自分に重大な意味をもたらすとは、全く想像していなかった。 三日ほど前に、今年一年間のプログラムに区切りをつけるために、何気なく訪れようと思った街だったにもかかわらず、この夏の過ご...
1118. 言葉を超えたその先
埴谷雄高著『死霊』が届いてからの私は、自分の心と向き合わざるをえなかった。書籍が届けられた時、分厚い封筒から中身を取り出すことをせず、私はソファの一角にこの書籍を置いた。 あえてその書籍を見ないようにするかのように、私は複雑性科学と教育哲学を架橋させることを試みた...
903.発達の本質にある「差異」と「反復」
いよいよ明後日からは、一週間ほどのオーストリア旅行が始まる。出発前の気持ちとしては、昨年の夏の欧州小旅行と同様に、そこに何が待っているのかに対する楽しみと非常に静かな気持ちが隣り合わせになっている。 下手に達観しているわけではないが、自分が訪れたことのない土地は、常に想定の...
507. ベートーヴェンとスピノザ
今日は朝から雨模様である。当初の計画では、フローニンゲン大学の社会科学キャンパスに行き、研究に必要な論文をいくつかプリントアウトしようと思っていたのだが、雨が降っていることもあり、今日もまた一日中書斎にこもって仕事をすることにした。...
350. 母国を離れた理由の断片
何気なく先月末に終焉したリオ五輪の結果を眺めていた。眺めていたのはメダル獲得に関するランキングデータである。その結果を眺めていると、今回のオリンピックにおける日本の健闘は素晴らしかったのではないだろうか、と思う。五輪中に日本でどのような反響が起こっていたのか不明であるし、最...