1324. プラグマティストとしての自覚と準備への邁進
早朝の雷を伴う雨が過ぎ去り、とても穏やかな世界が目の前に広がっている。薄い雲が空を覆っているため、相変わらず太陽の姿を拝むことはできないが、雷雨が止んだことにより、私の気分も変わった。 この天気であれば買い物に出かけることができそうだ。昼食前に、数日分の食料を購入するため、...
1321. 映像と情感を喚起する文章・ウィルバーの最新刊・人口知能に関する協働プロジェクトへ向けて
夕方に、嵐のような突発的な雨に見舞われた。私は幸い書斎の中にいたが、雷を伴うあまりに激しい雨に少々驚かされた。 地面に叩きつけるような雨が降り、同時に突風を伴っていた。窓ガラスに激しくぶつかり、しぶきを上げる嵐のような雨を見ていると、その激しさがある瞬間から美しく思えた。...
1295. 真に強靭な思考の第一段階:「ヴィジョンロジック段階」の思考特性
ウィルバーのSESの注記を読み、先ほど第一部も読み返した。ここでまた少しばかり何か文章を書き留めておこうとする衝動が起こった。 今日はとても風が強く、いつもは優雅に空を飛ぶ鳥たちも、今日ばかりは自由自在に空を飛ぶことが難しいだろうと思っていた。しかし、書斎の窓越しに空を改め...
1294. この数年間とこの一年
仮眠を終えた私は、夕方の仕事に取り組み始め、今少しばかり手を休めた。先ほどまで、ウィルバーのSESの注釈に目を通していた。 本文よりも細かな字で書かれた250ページに及ぶ注釈を全て読むのは骨の折れる作業であり、途中からは自分の関心事項に合致する箇所のみを読むように心がけた。...
1290. 科学・哲学・霊学と大きな自己との遭遇
昨日は、終日ウィルバーのSESを読み進めていた。私は改めて、自分を取り巻く内側の世界と外側の世界を、内側と外側の両側面から探究したいと強く思った。 それは現在の私が、どちらかの世界の中を彷徨い、内外のどちらかの観点を持って捉えるような傾向にあることと関係しているだろう。今私...
1287. SESと私の歩み
今日は一日中、ケン・ウィルバーのSESを読んでいた。本書を読み進める途中で、森有正先生の『デカルトとパスカル』と清水博先生の『「いのち」の自己組織』という二冊の和書を少し読み進めていたが、本日はウィルバーで始まり、ウィルバーで終わる一日だったと言える。...
1286. ケン・ウィルバーの嘆き:フォボスとタナトスの闘争
昼食後、夏季休暇の後半に読む予定の文献リストをもう一度確認した。200冊ほどの購入リストの中で、特に最近加えた70冊のタイトルを再度眺め、そこから15冊に絞って先ほど購入した。 そのうちの12冊は英国のアマゾンに注文をし、残りの3冊は米国のアマゾンに注文をした。価格の観点か...
1285. 実存性と霊性の充満する書籍を求めて
昨日の天気とは打って変わり、今日は曇り空が広がっている。今日は月曜日であるというのに、通りを行き交う人が少ない。 もしかすると、この街に住む人たちの多くも夏期休暇に入り、どこか別の国に旅行しているのかもしれない、という大雑把な仮説を持った。だが、それぐらいに辺りは静かであり...
1284. ケン・ウィルバーの最高傑作と新刊書について
昨夜はまたしても印象的な夢を見た。夢の持続時間は長くはないのだが、その中身についてはっきりと覚えている。 夢の中で私は、米国の思想家ケン・ウィルバーが残した傑作 “Sex, Ecology, Spirituality: The Spirit of Evolution...
1245. 部分と全体の入れ子構造としての「レベル」
早朝の天気とは打って変わり、午後から快晴が広がり始めた。昼食を摂り終えた私は、論文を一本読み、いつもと同じように20分の仮眠を取った。 昨日と同様に、それは深い休息をもたらすような仮眠であった。そのわずかな時間において、私は夢を見ない深い眠りの世界に沈んでいき、そこで限りな...