3432. 「問うために知る」
時刻は午前七時に近づきつつある。しかし、外の世界はまだ闇に包まれたままである。明るくなってくるのはあと一時間ほどしてからだろうか。 今日も気温は低いが、幸いにも今日は快晴のようである。明日と明後日はみぞれ交じりの雨が降るようであるから、今日は午後にでも散歩がてら買い物に行こ...
2288. 音楽言語と発達思想の系譜
今週全体を振り返ってみると、やはり充実感に満ちたものであったように思う。興味深いのは、今週の充実感は先週のそれとは少しばかり質が違うことである。 これは毎週感じることである。その差はごくわずかであり、かろうじて認識できるかどうかの微細な差なのだが、毎週感じる充実感は質的に異...
1989. 今日の読書から
昼食を摂り終えた後、書斎の窓から外の景色を眺めると、辺りが妙に静かな感じがした。午前中は太陽の光に恵まれていたが、今は太陽が薄い雲に隠れてしまっている。 街路樹に植えられた裸の木々が風に揺れている。今日は午前中に、“A guide to musical analysis...
1477. 私たちを待つ問い
第二弾の書籍『成人発達理論による能力の成長』の出版記念ゼミナールの第四回目のクラスが先ほど終了した。全六回のクラスのうち、早いもので第四回のクラスが終わった。 これまでの三回は、書籍で紹介した概念をこちらから説明することや、書籍に書かれていない概念などを紹介することが多かっ...
1199. ライデン訪問記:長大な時間をかけて積み上げられたもの
ライデンに向かう列車の中、私は持参した書籍をずっと読んでいた。時折顔を上げ、窓の外に広がる景色を眺めるのは、心地よい息抜きとなった。 持参していた“Authority, Responsiblity, and Education...
1107. インナ・セメツキーの「教育記号論(edusemiotics)」との出会い
昨日、教育哲学者のジョン・デューイについて少しばかり書き留めていたように思う。“Complexity Theory and The Philosophy of Education (2008)”を読めば読むほどに、デューイが複雑性科学と教育哲学を架橋するような極めて洞察に溢...
994. 再びカントへ
昨日の夕方、カントの “On Education (1899)”を読んだ。この書籍は分量は極めて少ないが、最初から最後までを通して読み直したのではなく、自分が関心を持っているテーマだけを取り上げて読み返した。 カントが最終的に向かった先は、内なる自由の尊重とそれを育むための...
554. 極上の美
夕方仕事の手を止め、ふと書斎の窓越しから外を眺めてみると、非常に幻想的な夕焼けが広がっていた。うす赤紫色の夕焼けに、思わず息を呑まされた。 私の自宅の真上の空は、まだ青空が広がっているのだが、地平線に近い遠方の空は、見事なうす赤紫色に彩られていた。こうした自然の神秘を目撃す...
480. 日常的な非日常的休日
今日は、非常に仕事がはかどった日曜日であった。早朝にオンラインゼミナール用の教材を作成し、研究プロジェクトに向けて文献リストを作成し始めた。ここからは哲学書や専門書から少し離れ、数多くの学術論文を読み込んでいくことになるだろう。...
455. 意味の玉手箱
非常に滑稽なことが起こった。例のホワイトヘッドの哲学に関する専門書を70ページほど読み進めた結果、自分がノートにメモを取ったのは「全ての実体は非線形的な変化を遂げる」という記述だけであって、その具体例として「人は同じ川を渡ることは二度とない」「人は同じ事柄を考えることは二度...